1583年幽斎開基の瑞光寺 田辺城移築の山門 修復完了 歴史の生き証人 後世に伝えたい【舞鶴】
投稿日時:2013年03月01日(金)
細川幽斎が開き、田辺城本丸の門を移築して建てられたとされる舞鶴市寺内の瑞光寺(楠文範住職)の山門が、このほど修築を終え往時の姿を思わせる門構えを見せている。田辺城の遺構の中でいまも使われている唯一の建築物。同寺では幽斎らの生きた時代を伝える文化財として、今後も大切に伝えていきたいとしている。
瑞光寺は1583(天正10)年に幽斎による開基で、10年以上をかけて建築された。初代住職の明誓師は田辺城籠城戦にも加わり活躍したことで知られる。1678(延宝3)年には山門を残して全て焼失したが、後に再建された。
6世住職の純明師が書き残した文書によると、田辺城本丸の黒金門を移築して寺の山門としたことが記録されている。その時期は記されていないが、京極氏が丹後国に入り田辺城の改修をしたころと推測されるという。
山門は屋根までの高さが5.6メートル、横幅3.1メートル、奥行き1.8メートル。正式名は「薬医(やくい)門」。これまでもたびたび修理の手が入っているが、屋根などの老朽化が進んでいたため、昨年、文範師が14世住職に就いたのを機に初の大掛かりな修理をした。
元の部材をそのまま使って扉の組み直しや柱の修理、屋根の左右の獅子口瓦を焼き直し、そのほかの瓦は新しく葺いた。府や市の補助も受け約8百万円をかけた。
楠住職(62)は「幽斎や忠興、ガラシャも通り、篭城戦も経験している山門は歴史の生き証人。大切に守っていきたい」と話している。
写真=瓦も葺き替えられた山門
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