西の名店 50年の歴史に幕 一天張・西脇さん「幸せな料理人人生歩んだ」 熱心な社会貢献活動で惜しむ声続々
投稿日時:2020年12月25日(金)
移り変わりのサイクルが短い飲食業界で、老舗と呼ばれるまでの道のりは険しい。だからこそ愛着を感じた店に、人は自らの人生を投影し思い出の一ページを刻み込みつづける。2020年師走。コロナに揺れた年の瀬に、西舞鶴の名店「一天張」が半世紀の歴史に幕を閉じる。多くの人をその味で楽しませてきた店には、別れを惜しむ馴染み客が詰めかけている。
「去年の年末よりも忙しい」と店主の西脇茂樹さん(72)は、充実の笑顔を弾けさせた。全国津々浦々で、コロナ禍に翻弄される年の瀬。騒動はどこ吹く風と、同店は連日の盛況を見せている。「本当にありがたいです。ここまで商売させていただいたことに感謝の気持ちでいっぱいです」と話す西脇さんだが、歩んだ道のりは決して平たんなものではなかった。生れは溝尻。父は造船所に勤める会社員で、姉と妹の3人きょうだいだった。幼いころから、船のコックに憧れた。今となっては何に影響を受けたのか分からなくなったが、世界中を駆け巡る料理人になりたいと夢想した。中学を出ると、わき目もふらず料理の道へ進んだ。当時、料理人に対する世間の目は決して良いとは言えず、親類が反対する中で父は背中を押してくれた。意を決して飛び込んだ料理の世界。洋食のコックとは程遠い、京都・木屋町にある老舗の鰻料理店で第一歩を踏みしめた。下働きの日々は過酷を極めた。逃げ出す者もいる中で、西脇さんは3年間を過ごし料理人としての基礎を学んだ。以来、全国各地での武者修行を終えて、21歳で帰鶴。縁あって、本町にある飲食店を引き継ぐことになった。店の名は「一天張」。時は1970年、半世紀の歴史が動き出した。
【良縁に恵まれ半世紀】
最初の一年は、厳しかった。信用もない中、仕入れの現金を工面するために働く日々が続いた。しかし次第に経営は上向き、3年を迎える頃には伸びあがった。縁に恵まれ、客に恵まれ、一時は福知山に支店を出すなど隆盛を極めた。そんな中、転機が訪れた。多忙な日々を過ごす中、西脇さんは体調を崩してしまう。それ以来、仕事への向き合い方を変えると、価値観も少しずつ変わり始めた。もとより社会貢献活動にも熱心な西脇さんは、試験観察の子を延べ約50人預かるなど様々な取り組みにも尽力。そんな中、新たに始めたのが老人養護施設での寿司のふるまいだった。
【食を通じた社会貢献】
布敷の特別養護老人ホーム「グレイスヴィルまいづる」でのふるまいは、2007年に始まった。自らの両親もかつて福祉施設を利用していたことから始めた催し。変化の少ない施設での暮らしに、少しでも彩りを与えられればと工夫を重ねた。年に1回のイベントでは、普段食べることに積極的ではないという入居者も、目の色を変えて寿司を頬張った。「食で誰かを幸せにする」。料理人にとっての無上の喜びを西脇さんは改めて痛感することになり、催しはそれ以降13回を数えた。西脇さんからの手紙で閉店を知ったという同ホームの淡路由紀子施設長(57)は、「コロナが出たというニュースよりも衝撃が大きかった」と振り返り、「13年もの間、素晴らしいふるまいをしていただき本当に幸せでした」と話した。「本当に幸せな料理人人生でした」と半世紀を振り返った西脇さん。店は30日を最後に営業終了する。閉店しても真心のその味は、味わったそれぞれの脳裏にしっかりと残り続けるだろう。
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