舞鶴市の移住施策 次なる飛躍へ
投稿日時:2020年06月05日(金)
市が専門部署を設けて、重点的に取り組んでいる移住施策が着実に成果を出し始めている。令和元年度は、これまでで最多となる15組37人が当地での生活を始めた。
市への移住者は平成23年度に0人だったが少しずつ増え続け、昨年度は13組33人を数えるまでに充実を見せてきた。今年度はその実績をわずかに上回り、過去最高を更新する結果となった。移住者の内訳は、農村部ヘの移住者が8組16人、市街地へは7組21人で、出身地は関西だけではなく静岡県、長野県、福岡県、大分県と多岐にわたる。市はこれまでも様々な補助制度の充実はもとより、空き家情報データベースの確立等、移住希望者に対して多方面からのアプローチに努めてきた。そうした施策が奏功し、ここ3年間で実に96人もの移住者が当地にやってきた。移住・定住促進課の小西征良課長は、取り組みでモデルにしているのは島根県海士町だという。同町は、島根県・隠岐諸島の中ノ島にあり、2400人が暮らす小さな町。しかし、10年間で移住者400人を迎えるなど移住政策で大きな成果を上げ、「最強の離島」と呼ばれたりもする。小西課長は同町の実績に賛辞を送りつつも、「(市では)決して数だけを追いかけているわけではない。むしろ、移住者によってもたらされる新たなネットワークの形成で、地域コミュニティが活性化することを目指していきたい」と力強く述べた。
【住民が気付かない 良さがある】
引揚記念館を過ぎてさらに山へ入る西屋地区。この過疎の村に2月、倉本康雄さん(61)は家族3人で移住した。長年に渡って京都市内に居を構え、大阪市内出身の妻・英子さん(54)と暮らしてきた。舞鶴には以前から馴染みがあった。魚釣りを趣味にする倉本さんは、長男の諒さん(17)を連れて竜宮浜に来ることが度々あった。一方で、都会育ちの英子さんもまた、田舎暮らしに長くあこがれを持っていたという。介護職に就いていた二人は昨年、移住を見据えて市に相談。英子さんは、「とにかく市役所の方々は親切な人ばかりで助かった」と話し、「とりわけ女性の職員は美人ぞろいでやさしい」と絶賛した。倉本さん夫婦と市との「縁談」はこうして着々と進み、2月に実現した。購入した民家は築50年ほど。「少しずつ手を入れていくのが楽しみだ」と笑顔を見せる二人は、「いずれピザ窯も造ろうと考えている」と夢を披露した。舞鶴では共に介護職に就いた二人だが英子さんの勤務地は四所だといい、通勤には相当な距離がある。しかし英子さんは、「仕事の行き帰りで目にする風景は格別で、この程度の通勤時間は苦にならない。むしろ、その都度幸せを感じます」と話した。京阪神の友人らは倉本さんの移住を羨望の眼差しで見ているといい、二人は「舞鶴のいいところをアピールして、もっと仲間を増やしていきたい」と話した。市では今年度より、移住者が自身の経験を通じて、新たな移住希望者に情報発信をする「移住サポーター制度」に取り組むとしている。コロナ禍で都会生活のあり方が考え直されている今、この追い風を捉えられるよう期待したい。
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