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太平洋戦争末期の特攻隊員が残した 「特攻花」を荒木さん(水間)が育て咲かせる【舞鶴】

太平洋戦争末期の特攻隊員が残した 「特攻花」を荒木さん(水間)が育て咲かせる【舞鶴】

投稿日時:2007年08月10日(金)

鮮やかな橙色の「特攻花」と荒木さん

 太平洋戦争末期、特攻隊員たちが鹿児島県喜界島に残したことから、「特攻花」として知られる。特攻などで3人の従兄弟らを亡くした水間の荒木花子さん(82)は、島から手に入れた種を畑にまき、このほど鮮やかな花を咲かせた。戦争で亡くなった人たちの魂の化身として花に想いを寄せるとともに、今後大切に守っていきたいとする。  アメリカ艦隊に戦闘機で体当たり攻撃をするため、鹿児島県知覧から飛び立った特攻隊員らが、給油で降り立った喜界島で、島の人から贈られた野の花の天人菊を滑走路に置いた。その種が芽を出し、現在も使用する滑走路周辺に群生地を作るようになった。島では「特攻花」と呼び、平和を願う花として大切にしている。  荒木さんは特攻花の存在を20年前にテレビで知った。また、エッセーを縁に知り合った愛知県の友人が特攻花を育てていたり、めいの娘で写真家の仲田千穂さんが特攻花をテーマに写真集を出版し、2005年に引揚記念館で写真展も開き、この花をいつも意識していた。  兄のように慕っていた母方の従兄弟ら3人が特攻などで戦死した体験から、自分で花を育ててみたいと思っていたところ、友人を通して喜界島から種をもらうなどした。昨年9月にプランターに種をまき、冬場は部屋に入れて保温し、今年4月に畑に植え替えると3株が順調に育ち、5月から花を咲かせ多い時には50輪もの花を付けた。まだ蕾のものもあり、これからも咲かせる。  昨年亡くなった兄と姉の写真に花を供えたり、若者たちの平和展が開かれるサンムーンに届けるなどした。荒木さんは「花が咲いて亡くなった人達が私の元に帰ってくれたように思えました。種を採取して来年も咲かせたい」と話していた。

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