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中筋小150周年

中筋小150周年

投稿日時:2023年06月09日(金)

市内一のマンモス校が大きな節目
校区の世帯数は約50年で2倍強に

 創立150周年の節目を迎えた中筋小でこのほど、児童らが作った人文字をドローンで撮影する取り組みが行われた。市内屈指の歴史を有する同校区では多くの人が節目を喜び、母校への思いを強めている。

 中筋小の創立は、明治2年にさかのぼる。西光寺を借りて開校し、当初は順正館と称した。同10年には公文名に2階建ての校舎を新築し開校。同20年に中筋尋常小学校と改称した。
 大正11年には創立50周年の祝賀があり、運動場が完成。この年には、第1回運動会が開催された。以降、戦前、戦中、戦後と、子どもたちの学び舎は進化し続け、紆余曲折を経て現在は舞鶴市内随一のマンモス校となっている。
 大きな節目を迎えた同小では、様々な取り組みが続いている。3月には、同小創立150周年記念事業委員会(福島イツヨ委員長)が、体育館ステージの緞帳を寄贈。4月には、児童向けに「おめでとう!中筋小学校 ~中筋小学校が生まれて150才~」というスライドショーを作成した。その中では、「まめちしき」として歴史などに触れるコーナーも。昭和2年に完成した以前のプールは50メートルで、日本で一番大きかったなどが紹介されている。
 また、5月には児童昇降口に取り付ける時計の寄贈を受けるとともに、ドローン撮影を敢行。全校児童が参加し形作った人文字は、「中筋小150th」の大きな文字を校庭に浮かび上がらせた。

 【ピークの児童数は804人】
 同小OBで、現在は自治会役員などを務める堀嶋輝一さん(56)は、同小創立150周年の記念誌作成を担当。その一環で同小の児童数推移や、校区の世帯数の推移などを調べたという。作成に当たっては、同小や市地域づくり支援課も協力。詳細なデータが出来上がったが、「小学生にもわかりやすい内容が良いのではないか」という意見もあり記念誌への掲載は見送り、本紙編集部がデータの提供を受けた。それによると、記録の残る明治42年の児童数は221人。第2次ベビーブームのピークとなった昭和59年には804人を記録した。一方、校区の世帯数は記録の残る昭和50年に1823だったが、令和3年には4302と2.36倍を記録。核家族化が進行していることが顕著に示されている。中でも、町内会別世帯数で市内一となる七日市地区は873世帯と、昭和50年比で6.3倍と大幅な伸びを記録。以前は農地ばかりだった地域が、今では住宅密集地になったことをデータが物語っている。
 データを作成した堀嶋さんは、「現在、七日市、伊佐津、公文名が市内町内会別世帯数で3位までを独占していることに注目が集まっている」とし、「生まれ育った方々と新しく中筋校区を選んだ方々とは地元愛の温度差があるのはやむを得ない。でも折角、中筋校区にいるからには、もっともっと中筋校区の事を知って頂きたいし自分も今以上に地元について掘り起こして行きたい」と話していた。

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