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不戦の誓い 新たに<br>浮島丸事件・77周年追悼集会<br>3年ぶりに通常開催<br>市内外から130人が参加

不戦の誓い 新たに
浮島丸事件・77周年追悼集会
3年ぶりに通常開催
市内外から130人が参加

投稿日時:2022年08月26日(金)

 戦争直後に舞鶴湾で起きた浮島丸事件の犠牲者を悼む77周年追悼集会が8月24日、下佐波賀の殉難の碑公園であった。規模を縮小せず開催するのは3年ぶりとなる集会には、市内外から在日コリアンや関係者ら約130人が参加。朝鮮半島へ帰国途中で亡くなった多くの犠牲者に対して、参加者らは花や歌を捧げて冥福を祈り、史実を次の世代に伝えて再び戦争の惨禍を起さないことを誓った。

歌を捧げる京都朝鮮中高級学校の生徒たち

 戦時中、青森県下北半島で鉄道敷設工事などに従事させられていた朝鮮人労働者や家族3735人(政府発表)を乗せた旧海軍輸送艦「浮島丸」が、1945年8月22日に大湊港を出港。釜山に向かう予定だったが24日、近くの舞鶴港に寄港した。しかしその後、突然大爆発が起こり同艦は沈没。乗客524人、乗組員25人の計549人が亡くなったとされる。爆発原因は触雷説や自爆説があるほか、舞鶴港への寄港理由もはっきりしないなど、いまだ多くの謎が残っている。
 爆沈現場の海に近い場所に市民たちが殉難の碑を建立し、浮島丸殉難者を追悼する会を組織して毎年集会を続けているが、この2年間はコロナ禍の影響を受けて規模を縮小しての開催となっていた。
 集会を主催したのは「浮島丸殉難者を追悼する会」(品田茂会長・63)。当日は、在日本朝鮮人総連合会府本部の姜世哲委員長や在日本大韓民国民団舞鶴支部の金英王支団長も参列したほか、京都朝鮮中高級学校(京都市左京区)の生徒が追悼歌「はまなすの花咲きそめて」を歌うなどし、全員で犠牲者の冥福を祈った。
 追悼の辞で品田会長は、「77年が経過した今も、未解決の問題が数多く残されている。また浮島丸乗船者数、犠牲者数の正確な数も、爆発の原因も分かっていない。日本及び日本人には、未解決の問題を解決していく歴史的な責任が課せられている」とし、「現在、世界では戦争や紛争が起きている。戦争は起こすこと自体が誤り。多くの人びとが犠牲になってしまう戦争を、永久に放棄することが必要だ」と強調した。

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