オーストラリア・ウラン鉱山~広島~長崎 5000キロ歩く「国際平和巡礼」舞鶴入り 【舞鶴】
投稿日時:2004年07月06日(火)
核廃絶の訴えと平和を祈りながら、オーストラリアのウラン鉱山から広島、長崎までの約5000キロを歩く「国際平和巡礼」の一行35人が7月3日、舞鶴入りした。各国から集まった市民が昨年12月に豪を出発し、4月から日本の原発関連施設のある地域を歩き、市民団体と交流してきた。舞鶴では海上自衛隊総監部前で「NO WAR」と祈りの儀式をし、舞鶴空襲の被害を受けた旧舞鶴海軍工廠を眺めることができる広場で、空襲の犠牲者らを追悼した。東京都北区の通訳、野川温子さん(27)ら日、豪、米など7カ国の有志たちで企画。野川さんは、豪のウラン鉱山の汚染水で被曝する先住民アボリジニのことを世界に伝えようと、2000年に同国でセークレットラン(聖なる走り)に参加した。 原発の燃料となるウランの産出地として豪は世界一の輸出国。アボリジニは鉱山ができると土地を追われ、生活と文化を奪われてきた。また、1950年代からの核実験や採掘による環境汚染で被曝しているという。輸出量1万キロの内、日本と米国はそれぞれ3000キロを輸入する原発大国であり、有志らは原爆の被曝体験を持ちウラン利用を続ける日本と豪を結び平和の巡礼を計画した。昨年12月10日に豪のロックスビー・ダウンズをスタートし、今年4月に札幌市から南下した。原発の使用済み燃料の再処理工場がある青森県六カ所村、原発が立地する敦賀市などに寄り、約3500キロを歩いた。この日は豪、日など5カ国の35人が高浜町を出発、府道高浜舞鶴線から国道に出て、加佐地区まで約32キロを炎天の下、汗だくになりながら歩いた。95年の国内でのセークレットランに参加した久田美の真下八十雄さんが、舞鶴から久美浜までをサポート。一行は北吸桟橋の海自隊イージス艦「みょうこう」の前で平和を祈った。45年7月29日の舞鶴空襲では、1発の爆弾だけ投下され97人が死亡した。その後の調査でこの爆弾は、長崎型原爆とほぼ同重量の4.5トンで、模擬原爆といわれる原爆投下の実戦訓練だったことがわかった。一行はそうした話を空襲があった旧海軍工廠近くの広場で真下さんから聞き、携えてきた「平和の火」を囲んで、犠牲者たちに黙とうした。この火は原爆が落とされた広島の焼け跡から採取した残り火で、福岡県星野村で灯され続けている。参加した米先住民オジブエ族のオレリオ・デナーシャさんは「きょうは軍隊に入ったときのことを思い出した。どうして自分は自分の民族を殺そうとしているのかという思いが蘇ってきた」と様々な感情がわき上がっている様子だった。この夜、西方寺平の赤岩小屋で農業をする地元の若者たちと交流した。8月6日に広島、9日に長崎到着を目指す。
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