着物に魅せられ40年 - 磨き上げた手先の技術で古着を再生-
投稿日時:2020年11月13日(金)
人生100年時代と言われて久しい昨今、人は幾度となく節目の時を迎える。大人への第一歩を踏み出す20歳の成人。それから時を経てやがて訪れる60歳の還暦――。その40年間、和裁一筋で着物に携わってきた女性がこのほど、周囲の大きな力に支えられ、西公民館で「ちくちくちいさなきもの展」を開催。節目の時を刻んだ。
舞鶴で生まれ育った辻さん(60)=円満寺=が、着物に魅せられ和裁の道へ進んだのは18歳の時。移り住んだ京都市内で、和裁を学び技術を磨いた。その間に結婚し子宝にも恵まれた辻さん。和裁士として呉服屋から請負う着物の仕立ては、多い時に月10枚、年間100枚を数えた。多忙な日々をも縫うようにこなした仕事について辻さんは「1枚の着物が仕上がった時の喜びと達成感に包まれるのが嬉しい。針仕事は大好きです」と柔らかな表情を見せる。転機が訪れたのは53歳の頃。親の介護を担うため、夫婦で舞鶴へと戻ってくることが決まったのだ。しかし現役で職に就く旧友たちは忙しく、なかなか時間が合わない。長く住み、ともに子育ての時期を乗り越えた京都市内の友人とももう、すぐには会えない。久しぶりの帰鶴で見た故郷は、近いようで遠く、寂しさがついて回った。
【思い出をかたちに】
人が着る着物を手がけてきた辻さんが、小さな着物作りを始めたのは今から16年前の事だった。台風23号で被災した実家の大掃除に出向いた際、物置の片隅から出てきた大正生まれの母の着物。汚れたり破れたりしていたが、大正ロマン漂う色や刺繍はとても美しく、強い衝動に掻きたてられた“新しく生まれ変わらせたい”。大きな着物から小さな着物へと再び柄を合わせていく。見せる部分がほんのわずかなだけに、どの柄をどこに配置するかで、大きく雰囲気は異なる。ようやく完成した初めてのミニ着物を母に贈った。また2年前に亡くなった父の形見のネクタイからは、手のひらに乗るほどの小さな着物を仕立てた。生まれ変わった着物を前に、姉も母もとても喜んでくれたという。「何着作っても、完成したときは愛おしくて抱きしめて寝たい位に嬉しいです」と話す辻さんからは、和裁への思いが溢れている。誰かに見てもらいたいとの思いから年賀状にミニ着物の写真を載せているうちに、友人や知人など様々な縁でたくさん人の思いがつまった布たちが集まってくるようになった。辻さんの作るミニ着物に型紙などはなく、すべて布や柄の魅力を最大限に引き出せるように仕上げている。小さな着物にこめた大きな思いを周囲は見逃さず「たくさんの人に見てもらえるような作品展を」と勧められた。不安ばかりが募ったが、友人たちに背中を押され、還暦の記念にと開催を決めた。まったく初めての作品展開催。戸惑う辻さんの心細さも吹き飛ぶほどに、友人や知人が協力してくれた。帰鶴してから様々な形で出会った人たちが、準備作業に宣伝に、昔からの友人のように支えてくれた。そして迎えた当日。会場には開催を祝う花がたくさん届き、京都市内からは辻さんの仕立てた着物を身に纏った友人たちが次々と訪れた。会場はまさに、これまで歩んだ道のりの集大成の場となった。「たくさんの人に支えてもらい夢が叶いました。不安ばかりでしたが開催してよかった。本当に幸せです」と辻さん。艶やかな着物のように華やいだ笑顔には、周囲への感謝の気持ちが滲み出ていた。次に思いが紡がれる作品は、どんなものになるだろうか。今後のさらなる活躍を心から期待したい。
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