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浮島丸事件 下北からの報告 ⑥下北の地域文化研究所 本州最北端で文化育む 文化誌創刊、幅広い特集テーマ 生徒との約束果たす 教員時代の地域調査が原点【舞鶴】

浮島丸事件 下北からの報告 ⑥下北の地域文化研究所 本州最北端で文化育む 文化誌創刊、幅広い特集テーマ 生徒との約束果たす 教員時代の地域調査が原点【舞鶴】

投稿日時:2011年10月07日(金)

 浮島丸事件を伝えるのに、中心となる役割を果たしているのは浮島丸下北の会だが、もう一つ欠かせない存在がある。下北の地域文化研究所だ。下北半島における戦争、自然、教育、原子力、産業など幅広いテーマを扱い、いまでは本州最北端で文化の一翼を担っている。所長を務めるのが下北の会前代表の斎藤作治さん(81)=むつ市。強制労働の証言集を作るため、仲間たちと1991年に研究所を立ち上げ、94年文化誌「はまなす」を創刊した。先月発行した最新号の第26号(A5判、124ページ、定価1,050円)は、舞鶴も舞台となった映画「飢餓海峡」の下北ロケに対する住民たちの思い出が掲載され、映画がいまも地域の宝である熱気が伝わる。明日への希望を生み出すことを編集方針に、特集テーマを決め市民たちが執筆する。地域の歴史研究家の鳴海健太郎さん、元県職員、旧満州の引揚者、元国鉄助役ら八人と多彩な編集スタッフが揃う。下北の文化を育むことで、戦争と浮島丸、地域の歴史への関心を高める役割を果たす。この活動の原点は斎藤さんの教員時代の実践にあった。政治・経済を教えていた田名部高校(むつ市)在職の80年、下北の2つの町村で一粒の米も実らない冷害に直面し、被害に気づかない生徒たちに公開授業を行ったのが転機だった。退職までの10年間、赤字で廃線予定の国鉄大畑線を生徒たちと歩きながら考えたのを皮切りに、ダムに沈む開拓地・野平の調査、岩手県沢内村での2年がかりの医療・福祉調査など、生徒たちとともに地域から学ぶ現場主義を貫いた。定年を迎え最後の卒業生を前に、次のように語りかけた。「下北を調べ、教え、発表して文化の面から下北を守っていく」。その約束を研究所と文化誌発行で果たしたのだ。そんな姿がいまも現役教師たちに影響を与えている。研究所にとってサロン的な場が、むつ市の喫茶店「モナ」。斎藤さんと鳴海さんがほぼ1日おきに様々な話題を語り合う内に、元銀行支店長の同店マスター、牧場経営者、元自衛官、原発賛成者らが会話に加わり、異なる意見に静かに耳を傾ける中から、特集のヒントが生まれる。発行後、いつも大仕事が待つ。同誌をかばんに詰め込み、斎藤さんらが下北の小・中・高の46校全てを3日間かけて回る。校長に売り込み地域を学ぶための材料にしてもらうためだが、いまの教育現場を知り郷土の歴史を掘り起こす貴重な場にもなる。  特集が好評で増刷することもあるが運営的には厳しく、1年に二度の発行をいまは一度にし500部を作る。弱音を吐きそうになるが、読者からの励みを支えにし、印刷所の社長も「下北の文化運動を絶やしたくない」と協力を惜しまない。「いつでも今が人生の始まり。年齢を考えたことはない」という斎藤さん。「美しい自然の下北を守りたい。環境を破壊することは人間を破壊することになる。発行を継続するのは大変な仕事だが、地域に埋もれているすごい人や問題にめぐり合った時には、夜も眠れないほど興奮する」と行動の原動力を話す。  大きな声と快活な笑い声、そして周囲を引きつけ胸を熱くさせる魅力。8月末、下北から戻った記者とも頻繁にメールで会話する。そこには「大好きな『おひさま』を見ないでこのメールを綴っていますが、こんな時が私を少年に戻してくれるのです。サンキュー。ハハハ」と書かれていた。パソコンの向こうに輝く瞳が見えるようだ。

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