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謎多き千歳如来堂の仏~大浦歴史研究会 記録図像集発刊

謎多き千歳如来堂の仏~大浦歴史研究会 記録図像集発刊

投稿日時:2017年12月05日(火)

 大浦の歴史について勉強会やフィールドワークを行っている大浦歴史研究会(磯谷正弘会長)が、このほど「千歳の如来堂の仏たち」と題した記録図像集(A4判カラー/46ページ)を発刊、11月16日の月例会でお披露目を行った。

【朽ちゆく文化遺産を憂慮】

 大浦半島西岸、舞鶴湾口に位置する千歳地区は近隣でもっとも古い集落のひとつ。この地区に「如来堂」と呼ばれる仏堂がたたずむ。この如来堂は宝形造三間四方で、同じ様式の建築物は全国的に「阿弥陀堂」と呼称するのが通例であり、「如来堂」と呼ぶのはこの地だけだといわれる。堂内には144体もの仏像が安置されている。屋内正面の須弥壇(しゅみだん)に31体、三方の壁面梁上部の棚には20センチ程度の小像多数が並ぶ。多くは一本の木から削り出された一木造(いちぼくづくり)の立像で(りゅうぞう)由来は定かでないという。うち9体が、昭和47年の調査で市の指定文化財となったが、以後は放置され破損劣化が進んでいる。大浦歴史研究会はこの現状を憂い、問題提起も込めて、せめて記録写真を残せないかと、地区の許諾を得て現存する全仏像を撮影、今回の発刊となった。

【失われた史料と後世への思い】

 同会は地域の暮らしの歴史を掘り起こし先人の智恵に学ぼうと、平成7年に設立された会員数11人の団体。定年後舞鶴に戻り同会に所属して5年の内海善通さん(65)は、編集を主に担当し発刊に尽力した1人。「千歳村史」など伝えに聞く史料が大浦の大庄屋が没落した際にほぼ散逸、伝承に頼るしかない資料編さんに苦労したという。また、写真の得意な会員が、破損を防ぐために仏像を動かさず足場を組み、高所から壁面の仏像を撮影した。同書には平成15年の一部収蔵品修復時に発行された冊子と、市文化財保護委員の高橋卓郎さんと松本節子さんによる報告書(昭和58年)を併載しているが、これらは参照できた数少ない貴重な史料と内海さんは話す。史料にある「如来堂塩汲みおどり」からは、浦入遺跡で出土したような製塩方法(藻塩焼)でなく、浜に海水を撒く古い製塩の様子が分かる。内海さんは「奥能登は歴史的により古くから同様の製塩を行っていた。加えて日本海を通じた両地域の交易は想像にかたくない。奥能登が『如来堂』という呼び方の発祥地であれば、なぜこの地区だけ阿弥陀堂を如来堂と呼ぶのかという謎が解けると考えている。いつか奥能登へ調査に行きたい」と今後の展望を語った。「このままでは仏像は朽ち果てる。この本が文化財指定へとつながってほしい。そのためにもこの記録を後世に伝えたい」と思いを述べた。時の波に消えつつある地域史を綴った同書は、市内の東西図書館、郷土資料館、大浦会館の4カ所で閲覧できる。また同会では1部1000円で頒布も行っている。
 [お問い合わせ] TEL:0773-68-0517、同会・磯谷さん。

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