-「火祭りの里 城屋(じょうや)の揚松明(あげたいまつ)」-【舞鶴の伝統文化】

-「火祭りの里 城屋(じょうや)の揚松明(あげたいまつ)」-【舞鶴の伝統文化】

投稿日時:2015年9月29日

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JR西舞鶴駅から高野川上流へ約4キロ、右岸に木製の四脚鳥居に「正一位雨引宮」の額が掛かる神社に着きます。祭神は水利を司る水分(みくまり)神です。雨乞いに火を焚く行事は各地に点在しますが、この神社には怪奇伝承があります。地元女布(にょう)に住む一色氏の遺臣森脇宗坡(そうは)なる郷士が、城屋の日浦が谷で自分の娘を喰った大蛇と弔い合戦をし、豪雨の中で勝利した。三断したうちの頭部を祀ったのが雨引神社であり、その大蛇の片鱗3枚が今も宗坡の子孫に保管されているとか? 住所氏名が明らかな人間が、大蛇という物(もの)の怪(け)と戦う奇怪な伝承です。このことから雨引神社は蛇神様(じゃがみさま)とも称されて、宗坡が大蛇を退治した陰暦7月14日に、大蛇が火焔を吐くのに因んだ揚松明が行われるようになったというものです。毎年8月14日、祭りの当日は朝早くから総出で準備をします。長さ16メートル)ある杉丸太の最上部に径22メートル余りの竹輪を編み、麻殻(おがら)を組み付けてまず外側の部分を作り、2トントラック満載分の麻殻を隙間無く詰め込み、杯(さかずき)型に成形していきます。節のついた孟宗竹を10数本打ち込み、中心部に建てた真竹の先端に御幣を取り付けると大松明の完成です。投げ揚げる小松明は長さが30センチ。細かく割った檜を20本ほど束ね、先端は径7センチ内外で割ったまま、握る側は手に刺さらないように滑らかにし、径5センチ、重さは約300グラムです。午後10時、投げ手の中心は地区の青年会。身を清め、神殿横の小宮神(こみやさん)の前で小松明に点火し、大松明を中心に輪を描き、リーダーの掛け声と共に投げ揚げが始まります。同じ手順で投げ揚げられる松明ですが、燃え方は毎年違います。大松明の中心部にうまく乗って、ぎりぎりまで大松明が崩れず、最後の瞬間全部が火の玉となって一度に落下し、その反動で砕け散った麻殻が柱を覆い隠し天に向かって舞い上がり、川の対岸から見物していても思わず後ずさりしたくなるほどの迫力がある年もあります。火勢が進み孟宗竹が爆ぜ、大松明に建ててあった真竹の根本が燃えて垂れ下がってくると、青年会長が火の粉が降り注ぐなか柱に近づき、取り付けてあった御幣を神殿に奉納します。この時は見物の皆様もぜひ声援の拍手を!平成17年は森脇宗坡が大蛇を退治した弘治2年(1555)から450年目にあたる節目の年。見たことのない人は無論のこと、何度もみた人も記念すべき火の祭典にお出かけください。(岡)
(揚松明は舞鶴市の無形民俗文化財に指定されています)
写真左=炸裂音や華麗な焔焼の演出に孟宗竹を打ち込む
写真右=火の付く側、握る側それぞれに工夫がある