-「地頭太鼓・大俣太鼓」-舞鶴の伝統文化

-「地頭太鼓・大俣太鼓」-舞鶴の伝統文化

投稿日時:2015年9月29日

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由良川以西の福知山市大江町側に位置する地頭(じとう)、大俣(おおまた)地区には、全国各地にある鬼退治伝説の中でも有名な大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)伝説に縁のある地頭太鼓、大俣太鼓が伝承され、昭和40年に舞鶴市無形民俗文化財に指定されました。平安時代、一条天皇の勅命により、源頼光(みなもとのよりみつ・通称らいこう)が、藤原保昌(ふじわらのやすまさ)(注1)、四天王(注2)を従え鬼退治に行く時、戦勝を祈願して西飼(にしがい)神社で打ったと伝えられているのが地頭太鼓、退治した一行の凱旋を祝って嶽(だけ)神社で打ったのが大俣太鼓の始まりと伝えられています。  地頭太鼓は、氏子総代宅、天神さん、稲荷さんなどを練り込みながら、また、大俣太鼓は、木戸神社、檀神社、嶽神社などを練り込みながら西飼神社へ向かいます。西飼神社では、大俣太鼓が先に奉納され、その後、地頭太鼓が坂道を引き上げられて境内に入り奉納されます。  大俣太鼓は、大太鼓(1人打ち)から始まり、舞打ち(1人舞、2人舞)、まわり打ちと続き、最後は、急テンポの大太鼓の打ち切りで終わります。ブチ(バチ=桴)は、上から下へと打たれます。幟(のぼり)には、「玖玖能智(くくのうのち)」(注3)と記されています。  地頭太鼓は、大太鼓から始まり、組打ち、舞打ち、まわり打ちと続き、最後は早打ちで終わります。ブチは、戦勝を祈る意味から、下から上へと打ち上げられます。今年は、10月12日(日)に奉納されますので、力強く、清々しい大太鼓の響きを、どうぞお聴き下さい。(春よ来い 筆)

 注1「藤原保昌」:平安時代中期の公家、女流歌人の和泉式部と結婚
 注2「四天王」:藤原綱(ふじわらのつな・羅城門の茨木童子退治で有名)、坂田金時(さかたのきんとき・熊と相撲を取ったという足柄山の金太郎で有名)、卜部季武(うらべすえたけ)、碓井貞光(うすいさだみつ)
 注3「玖玖能智」:豊かな土地を表していると伝えられている
写真左から=【地頭太鼓】子供による組打ち、【大俣太鼓】西飼神社への奉納。幟は平成元年に新調、【西飼神社】