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語り継ぐ 舞鶴・下北ともに歩み浮島丸事件700年 青森の市民来鶴 追悼、平和の思い述べる村上さん「不戦の思いを共有」 鳴海さん「事件の謎迫りたい」【舞鶴】

語り継ぐ 舞鶴・下北ともに歩み浮島丸事件700年 青森の市民来鶴 追悼、平和の思い述べる村上さん「不戦の思いを共有」 鳴海さん「事件の謎迫りたい」【舞鶴】

投稿日時:2015年07月31日(金)

 終戦直後、朝鮮人らが乗船していた旧海軍特設輸送艦が舞鶴湾で爆発沈没し、多くの犠牲者を出した「浮島丸事件」から70年を前に、市民グループが7月25日、浜の市商工観光センターで70のつどいを開いた。浮島丸が出航した青森県大湊港のむつ市で活動する「浮島丸下北の会」の市民2人も参加し、舞鶴と下北の取り組みが報告され、連携して事件を伝えていこうと絆を強めた。下北半島で鉄道建設などに従事させられていた朝鮮人労働者と家族らを乗せ、朝鮮半島へ帰国のため出航した浮島丸が、1945年8月24日に寄港した舞鶴湾で謎の爆沈をした。舞鶴市民で組織する「浮島丸殉難者を追悼する会」(余江勝彦会長)が、8月24日に追悼集会を続ける一方、出港地のむつ市で過酷な労働の証言集を作った下北の会をこれまで2回訪問。4年前の2011年には、事件を描いた紙芝居を携えむつ市で上演した。下北の会メンバーも2度来鶴した。つどい前日の24日、下北の会顧問の鳴海健太郎さん(84)と会長の村上準一さん(68)が、余江会長の案内で五老岳山頂から舞鶴湾を眺め、下佐波賀の殉難の碑で献花し、爆沈した海を目の前にして説明を受けた。初めて現場を訪れた鳴海さんは「こんなに平和な海が、かつて悲劇の海だったことを痛感した」と静かに碑に手を合わせた。つどいには約250人が参加。長年追悼活動に関わる追悼する会顧問の須永安郎さん(90)が、自らのシベリア抑留体験や兄の戦死がその後の平和運動の原点になったとし、「浮島丸事件を歴史の教訓とし、平和で世界に貢献する日本をつくっていくべき」と訴えた。村上さんは下北での聞き取りや出港日の8月22日の集会などを紹介、「浮島丸は戦争の犠牲者であり、その傷跡は時を経ても消えずますます胸に突き刺さる。二度と戦争を起してはならない思いを舞鶴市民と共有できることを心強く思う」と述べた。鳴海さんは浮島丸が急いで出港した背景には、旧ソ連が千島列島と樺太に進攻し北海道の半分を占領しようとしたことに合わせ、朝鮮人の暴動を恐れたからではないかと指摘し、「歴史に時効はない。過去と現在との対話を続け事件の謎に迫りたい」と事件を追及する姿勢を示した。事件を題材に20年前に製作された映画「エイジアン・ブルー」も上映され、来場者たちは映画に込められたメッセージを改めて考えていた。余江さんは「下北との交流が確かなものとなってきた。今後も互いに学びあい、事件を風化させず伝えていくため、きょうを出発点にしたい」と話した。

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