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描くよろこび 今も息づく<br>「緑峰会展」が2年越しの開催<br>東郷平八郎の肖像画など作品多数<br>郷土が誇る日本画家の志つなぐ

描くよろこび 今も息づく
「緑峰会展」が2年越しの開催
東郷平八郎の肖像画など作品多数
郷土が誇る日本画家の志つなぐ

投稿日時:2021年10月26日(火)

 舞鶴市発展の礎となった「舞鶴鎮守府」が開庁して今年で120年。節目を記念して本市では、これにまつわるイベントや様々な企画が実施され、賑わいを見せている。舞鶴鎮守府司令長官の名を知るものは多い。しかし、後世へと姿を伝える肖像画を手掛けた画家についてはどうだろうか。わが国を代表する日本画家で、本市の文化振興にも大きく寄与した、井上緑峰画伯(享年86)もその一人だ。井上さんの遺志を継ぐ門下生の芸術活動は今なお、その息づかいを伝え続けている。

  西駅交流センターで10月22日から3日間にわたり、水墨画「緑峰会展」が開かれた。
 井上緑峰さんが結成した「緑峰会」(濱上昭彦会長)による同展は、今回で第48回目を数える。
 昨年はコロナ禍で中止となり、大きな発表の場を奪われた会員たち。規模は縮小したものの、創作意欲の減退を危惧し“今年こそは”と開催を決めた。
 まず会場内に踏み入ると、圧巻の40号・50号の大作が出迎える。墨の濃淡のみで描かれた作品の数々。その事実を忘れてしまうほどの豊かな表現力が、来場者らを惹きつけていた。植物や風景を描いた水墨画、ほんのり色づいた講座サークルの色紙や短冊など合わせて86点が並んだ。
 現在およそ40人の会員が創作活動に励む同会だが、最盛期には100人を優に超える会員を有した。
 水墨画の基本を習得するには5年を要し、四君子と呼ばれる梅(冬)・蘭(春)・竹(夏)・菊(秋)から基礎を学ぶという。
 「始めてみたいと思いながらも、当時は水墨画などを教わる場所がなかった」と塩尻弘子さんは、井上さんの主宰する「緑峰会」の門を叩いた時のこと懐かしむ。以来、水墨画に魅せられ30年以上が経過した。塩尻さんは、「花を見て美しいと思う心、命あるすべてのものを大切に。たとえ枯れた花でも美しく描いてあげよう」など、様々なことを教わったという。続けて、「ユーモアがあり、ジョークがとても上手な先生。常に笑いの絶えない教室でした」と振り返る。
 「先生のような楽しい教室を心がけ、人のつながりを大切にこれからも制作活動に励んでいきたい」と笑顔で話した。
 緑峰会の活動を続けてほしいという井上さんの遺志は脈々と受け継がれている。
【本市の文化振興に尽力】
 網野町(現京丹後市)出身の井上さんは、峰山工業学校卒業後、単身上京し、画の道を志した。
 しかし、そのころ戦争は益々激化。戦時下に敷かれた物資配給制で画材も統制となり、画材受給資格の審査が行われることに。全国の画家は甲乙丙種のランクに選別され、甲種のみが文化技術保存者として資材も確保された。そこで甲種合格となり徴用を免れた井上さんは、海軍の嘱託画家として昭和18年から20年の終戦まで司令長官らの肖像画を描いた。そのほか海軍病院では負傷兵の前で即席画を描いて慰問したり、戦死者らの肖像画の多くも手掛けた。
 こうして戦後も舞鶴に留まり日本画を描き続ける一方、「緑峰会」を主宰し多くの門下生を育て上げた。創作意欲の旺盛な井上さんの作品は、フランスやポルトガルなどの国際展で受賞。79歳時には国際芸術文化賞を受けるど、国内外でその名を轟かせた。
 永年にわたり市民に絵画の普及をはかり、舞鶴市文化協会設立にも尽力。心の教育を願い、小中学校などで「花いっぱい運動」も展開。「絵を描くことで心のきれいな、たくましい人間に育ってほしい」と情操教育にも情熱を注いだ。
 井上さんが生涯かけて蒔き続けた文化振興の種は、今もなお芽吹き続けている。
 【水墨画に興味のある方は、「緑峰会」問℡62・5219(濱上さん)または75・1963(塩尻さん)または77・0686(広野さん)まで】

2年ぶりの開催で充実感を漂わせる会員たち
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