最新の記事

  

NO.95 「年取島」(吉田)   【舞鶴の名所旧跡】

NO.95 「年取島」(吉田)   【舞鶴の名所旧跡】

投稿日時:2022年02月14日(月)

明けましておめでとうございます。新年を迎え、港が動く事始め。舞鶴市・喜多埠頭から大君を経て吉田へ。トンネルを出ると、右に盃を伏せた形の「年取島」が浮かんでいる。高さは僅か18.2メートル、周囲約200メートルの小島で、鳥居から蛇行の道を5分も登ると山頂に弁財天が祀られ、また冠島の遙拝所がおかれ、海の安全を祈る重要な島であったとある。島の由縁(ゆえん)に、京都の公卿、中院通勝(なかのいんみちかつ)と言う文人が正親(おおぎまち)天皇の怒りに触れて、天正8年(1580)から慶長4年(1599)にかけて幽閉され、田辺城主の細川幽斎がここに小庵を結んで公卿を住まわせていた。ある大晦日のこと、歌人でもある幽斎は、歳暮の1日をこの島に渡り通勝とともに夜が更けるのも忘れて歌に興じていたのだが、ついに島で除夜の鐘を聞いてしまい年が明けて元旦に。そこで幽斎は、この島を「年取島」と命名し、かか大笑したと言う。「藻塩(もしお)かき集めたる跡とめて ただ年取の名のみ残れり(舞鶴史話)」つまり、気が付けば正月を迎えて、また歳を取ってしまったと。島へは城から舟を漕いで一直線。島の小庵や近くの瑠璃寺は、歌人の心安らぐ2人の居場所。湾を眺めて歌を詠む、歌人たる故の悠長な話である。祭礼は吉田地区により7月の第1土曜日に。湾ではカキや真珠の養殖が行われている。1年は早い。せめて年を取るまでにこれだけはと反省しきり。去年(こぞ)から今年へ。また1年が始まる!

この記事をシェア!
Management BY
舞鶴市民新聞
当サイトは舞鶴市民新聞社が運営しています
ページトップへ