舞鶴高専・堅田さん ペタンクで世界へ

舞鶴高専・堅田さん ペタンクで世界へ

投稿日時:2020年3月6日

19bf77507a942711e82db187b210346e-e1586487520485
世界選手権での試合の様子
494949914556091d9a347550f2e42789-e1586487574501
チームメンバーと活躍を誓う堅田さん(右)

 日本では馴染みの薄いスポーツ、ペタンク。フランス発祥のこの球技で、舞鶴高専に通う堅田琴美さん(19)が世界選手権に出場し、その功績で舞鶴市優秀スポーツ賞が授与された。堅田さんは新たな飛躍を誓って、日々練習に励んでいる。



*     *     *     *



 ペタンクは1907年にフランスで考案された球技。名称は南フランス・プロヴァンスの方言「ピエ・タンケ(両足を揃えて)」に由来するという。競技にはトリプルス、ダブルス、シングルスと、3つの形式があり、重さ約680g程度のボールを使用する。
 ルールは陸上版カーリングのようなもの。多くは砂利等のコートで行われるため、カーリングのように氷上を磨く動作はないが、決められた持ち球でいかに木製の目標球に近づけられるかを競う。相手の球を弾き飛ばしたりと戦略性に富み、正確に球を投げる技術はもちろん、先を読む思考力も問われる。特別な競技場の必要がなく、公園などで親しめるため、発祥のフランスではおよそ500万人の競技人口があるという。
 日本ではマイナースポーツのペタンクに魅せられ、競技生活が10年を超えた堅田さん。世界選手権への出場を、「良い経験だった」と振り返りながら、「ペタンクの素晴らしさ、面白さを多くの人たちに伝えたい」と屈託のない笑顔を見せた。



【老若男女・誰もが輝ける スポーツ】



 堅田さんが生まれたのは京都・嵐山。三人姉妹の末っ子だった。
ペタンクは、父の博さん(45)と母の桂子さん(47)の影響で始めた。堅田さんがおなかにいる頃から競技にのめりこんでいた両親。「やってみたいな」が実現したのは小学2年生の時だった。
 「とにかく周りの人にちやほやされました」と堅田さんは競技を始めた頃を振り返る。当時から競技者の平均年齢が高いスポーツで、両親でさえ若手。時にトリプルスで両親とチームを組んだりしながら、堅田さんは競技者としての経験を蓄えていった。
 「同じスポーツをする家族が、敵になったり味方になったり。そんなスポーツ、他にありますか」と堅田さん。幅広い年齢層の人たちが同じ立場で競技し、互いに切磋琢磨できることがペタンクの魅力だという。
 日々の鍛錬でつかんだ世界選手権は、トリプルスでの出場。メンバーはいずれも大きく年上の3人で、堅田さんは3月、5月に開催された国内選考会をトップで通過し、その結果で結成されたチームだった。
 カンボジアで行われた世界選手権では、予選リーグでの勝利はあったが、世界の高い壁を痛感した。
 しかし堅田さんは、「外国選手はレベルが高く、投げ方から戦略まで勉強になることばかり。刺激をエネルギーに変えて、高みを目指したい」と前を向く。両親とともに日本代表の強化指定選手になっている堅田さん。選手寿命の長い競技だけに、まだその競技人生は始まったばかりだとも言える。
 自身の飛躍と、競技の普及と。19歳の曇りなき瞳は、輝かしい未来を見据えている。