青葉中野球部 未踏の偉業に挑む夏

青葉中野球部 未踏の偉業に挑む夏

投稿日時:2019年8月9日

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近畿大会第3代表旗を掲げ全国大会への決意を新たにする選手たち
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昭和24年に若丹大会で優勝した青葉中野球部(田中さん提供)

 青葉中野球部が、府下大会を優勝して進んだ近畿大会で、堂々の三位入賞を果たした。同部は準決勝で惜敗するも、第3代表決定戦で草津中(滋賀県1位)を3対1で退け、17日より開催される全国大会への出場を決めた。市内中学では前人未到の偉業達成で、関係者らは喜びに沸き立っている。



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 8月5日から7日の3日間、近畿中学総体(軟式野球の部)が皇子山総合運動公園野球場(滋賀県大津市)で開催された。  
 大会に出場したのは、近畿6府県での大会で、2位までに入った計12校。青葉中は、舞鶴勢として66年ぶりに果たした京都府一位としての大会出場。
 青葉中はエースで主軸を打つ岡田巧君(3年)を中心に、盤石の投手力と鉄壁の守備力を武器に勝ち上がってきた。
 大会初戦は、滋賀県2位の守山中との一戦。試合は岡田君が相手打線を3安打に抑え、橋本航太郎君(3年)が本塁打を放つなど攻守にわたって圧倒し、5対0の完封勝利。続く2回戦は、全国屈指の激戦区大阪府で府下363校の頂点に立った三原台中(堺市)との一戦。この試合でも橋本君が満塁本塁打を放ち、岡田君は強豪を1安打に抑え込み、6対1の歴史的勝利で準決勝にコマを進めた。
 大会最終日の7日に行われた準決勝では、紀之川中(和歌山2位)と激突。最終回まで2対0と有利に試合を進めるも、3対2で痛恨の逆転負けを喫した。
 近畿制覇の夢がついえた同部ではあったが、続く第3代表決定戦に勝利し、近畿代表での全国大会出場の切符を手にした。
 主将としてチームを鼓舞し続けた東純平君(3年)は、「(準決勝の逆転負けは)勝負所で消極的になってしまった。(第3代表決定戦では)その反省を踏まえ、元気を出し雰囲気づくりを心がけた。全国大会は強い相手ばかりだが、臆せず当たって砕けろの気持ちで、自分たちの野球を貫きたい」と次なる舞台での躍動を誓っていた。



【OBからの応援にも熱】



 快進撃を続ける同校野球部に、関係各所から応援の声が上がり続けている。
 同校野球部の第1期生であるという田中勉さん(84)=溝尻中町=もその一人だ。
戦前からあった森中が、現在の場所に移って誕生したのが青葉中の始まり。田中さんは第1期生として入学し、野球部に所属し投手として活躍した。
 小6から野球を始めた田中さんは、日々の厳しい練習で頭角を現した。毎日午後1時から3時間の練習では、竹でこしらえた柱にその都度網を張り、バックネットを作った。練習中に水を飲むことはできず、指導は極めて厳しかったという。
 猛練習の甲斐あって、中3の時には若丹大会で、白糸中を破って初優勝を果たした。当時の部員は16人。
 同部が創部して初めて手にした栄冠だった。
 それから70年の歳月が経過したこの夏。後輩たちが大きな偉業を達成した。「活躍の報に接し、昔日の記憶が鮮明に蘇った。今回の偉業は我がことのようにうれしい」と田中さんは笑顔をはじけさせた。
 OBたちの夢も乗せ、青葉中野球部の挑戦は続いていく。