東アジアの玄関口で平和を祈る 浮島丸殉難者追悼

東アジアの玄関口で平和を祈る 浮島丸殉難者追悼

投稿日時:2017年8月29日

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追悼の辞を述べる余江会長
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赤れんがパークで行われた平和峠

 下佐波賀の「追悼の碑公園」で24日、浮島丸殉難72周年追悼集会が開かれ、関係者など合わせて約300人が参列した。
 終戦直後の昭和8月24日、朝鮮人労働者とその家族3735人(政府発表)を乗せた旧日本海軍特設輸送船「浮島丸」が韓国釜山港に向かう途中に寄港した舞鶴湾(下佐波賀沖)で撃沈、乗客524人と乗組員25人が亡くなった。
 「浮島丸殉難者を追悼する会」の余江勝彦会長(76)は追悼の辞を述べ、事件を巡る歴史的背景を語った後「夢にまで見た故郷や肉親との再会を翌日にひかえて、予想もしなかった大惨事に遭遇し、尊い生命が失われました。浮島丸事件から学び、平和の確立に向けてこれからも日本人の責任として追悼式を続けていきます」と奪われた命を悼んだ。
 同集会は喧嘩、献茶と続いた後、平和の祈りを込めた「追悼の舞」が舞われ、京都朝鮮中高級学校の生徒14人により追悼の歌「はまなすの花さきそめて」が歌われた。
 最後に関係者ら一同に下佐波賀の海へ献花をし、集会は幕を閉じた。
 北吸の舞鶴赤れんがパーク4号棟では同集会と合わせて「追悼浮島丸東アジア大衆平和祭」が行われた。
 10組がバンド演奏や民族舞踏などで、平和を訴えるパフォーマンスを披露した。
 同実行員代表の村本敏さん(67)らが「この東アジアの玄関口から、私たちは何より平和を望んでいる、ということを訴えましょう」と参加者らに呼びかけた。