七日市・新公会堂が竣工

七日市・新公会堂が竣工

投稿日時:2020年3月27日

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昭和42年頃の七日市町内
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新公会堂前に集合する地区住民たち

 七日市で22日、地区の新公会堂の竣工を祝う式典が執り行われた。式典には地区住民や来賓ら約70人が参加し、新たな拠点の誕生を喜び合った。



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 西舞鶴の七日市町内会の世帯数は694と、市内最多を誇る。近年になって道路拡張など再開発が進み、10数年で飛躍的な人口増加が進んでいる。
 従来の公会堂が建てられたのは1933年。長く住民の交流拠点として親しまれてきたが、老朽化が進んだことと住民の増加で手狭になったことで、新公会堂の建設が待ち望まれていた。
 新公会堂は敷地面積が約640㎡。鉄骨平屋建て約240㎡で、60畳の大広間や事務室、会議室、調理室、バリアフリートイレ等を備えている。敷地は1990年に惜しまれながら閉院した瀬野医院の住居跡地。親子2代に渡って地元の尊敬を集めた医師ゆかりの土地で、古くからの地元住民には思い入れのある場所を借り受けた。公会堂は昨年9月に着工し、今年2月末に完成。建設費はおよそ5000万円で、その多くを住民による積み立てと寄付金でまかなった。
 「長年の念願が叶った。感無量です」と七日市公会堂建設委員会の天野三郎会長(69)は満足感を漂わせた。



【新たな拠点で地域づくりを】



 室町時代後期までは湿地帯だった七日市は、若狭街道と宮津街道、京街道が交差する交通の要衝として村落が形成された。記録によると、1746年(延享3年)には農家が45戸あったという。その名の通り、同所では7のつく日に市が開かれたことから、この名がつけられたという。
 その後も数百年に渡り農村として推移し、昭和初期には60戸余りだったが、近年開発が進み爆発的に世帯数が増え続けている。
 そんな中、マンモス町内ゆえの悩みも顕在化し始めている。
 「これだけ世帯数が増えているが、行事ごとへの参加は少なく、町内会役員のなり手にも事欠いている」と天野さんは話す。若い転入世帯と古くからの住民との間にある溝の存在も否定できないという。
 「それだけに、新公会堂に寄せる期待も大きいです。ここを拠点にしていろんな取り組みをしていきたい。気持ちが集まって、人と人がつながれば、町内のまとまりが生れると思う」と天野さんは力を込めた。
 2018年3月に立ち上げた建設委員会は、これまで月に1回の会議を2年間に渡って続けてきた。他の町内へ見学に行ったり、多方面からの意見を集めたりと、11人の委員会メンバーは知恵を絞り汗をかいた。
 マンモス町内会の挑戦は、新たなスタートラインに立った。強い地域づくりに新公会堂が力を発揮することだろう。