年号の歴史ひもとく 吉野氏が講演

投稿日時:2019年5月3日

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過去に使われた年号について話す吉野氏

 舞鶴地方紙研究会が主催する記念講演会がこのほど、西総合会館3階林業センターで開かれた。府教育文化庁文化財保護課の吉野健一氏が、「年号の歴史~大化から新年号まで~」と題し講演。元号についての本も出版している専門家が、日本史における年号の変遷や改元理由、平成や令和の選定などについて語った。
 2019年度の総会記念として開催。歴史愛好家ら43人が参加した。吉野氏は、「大化」(645~650)が最初の年号で、「大宝」(701~704)以降に定着し継続的に使用されたと説明。248番目が「令和」で、平均すると約5年に1回で改元しているが、「長い歴史の中では今の方がイレギュラー」と話した。
 改元の理由は「天皇の即位」、「瑞雲(珍しい雲)の発生」、「和銅などの金属の発見」など「めでたい事柄」のほか、「災害や飢饉など悪い事が起きた時に改元した」と説明した。
 「都の悪い雰囲気を変えるために、比較的簡単な方法が“改元“だった。皆が使う元号を変えれば新しい時代の到来を象徴的に表すことができた」と説明。「鎌倉時代は天変地異の多発により、平均3年程度で改元している」と語った。
 年号の選定方法では、江戸時代以前では、「不吉でない」「新字でない」「過去に利用されたもの」などを避け、昭和改元時は、「国家の一大理想の表徴」「古典からの出典」「字面が簡単であること」などを留意したと説明。平成改元時は「国民の理想としてふさわしい意味」「漢字2字」「以前と重ならず、俗用されていないこと」などが留意されたと話した。



【令は史上初。新元号を読み解く】



  新元号である「令和」の決定については「想定していなくてびっくりした」と振り返り、「“令”の使用は史上初めて。案としても過去2回しか上がった事がない。2文字目の“和”も使われないと思っていた」と話した。
 昭和の「昭」、平成の「成」、令和の「令」と、3回連続で初めての字を使用。過去3つの元号は新しい字とこれまで使われた字のセットになっていると説明した。
 「ら行」から始まる年号は「暦仁」(1238)、「暦応」(1338)、「霊亀」(715)の3例で、「れ」から始まるのは「霊亀」(れいき)で「千数百年ぶりに“れ“から始まる元号になった」と語った。
 吉野氏は「改元1カ月前の新元号発表は日本史上初めて。個人が平成という時代を考え、それぞれの時代の認識を共有していく、というのが年号に与えられた意味。平成最後の1年は、年号について考える良いきかっけになったと思う」と話した。