時代の変遷 -300年史発刊-

投稿日時:2017年2月3日

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 社史の編纂に尽力した今安茂也社長
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発刊された社史「時をこえて 創業300年史」①
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発刊された社史「時をこえて 創業300年史」②

 創業以来300年という長きに渡り、舞鶴の地で様々な事業を続けてきた「株式会社イマヤス」が自社の大きな節目として社史「時をこえて 創業300年史」を発刊した。
 株式会社イマヤスは1716年(享保元年)、今安家の始祖である丸一屋喜衛門が屋号を「丸市屋」とし創業、田辺城下町にて産声をあげた。当初は金融業を生業とし、藩金の用達にあたるなど田辺藩との関わりは深い。
 1800年代になると商いの重心を和鉄の製造と売買へ移行。当時の江戸時代における鍛冶屋の発達と鉄への需要という潮流を見事に読みとった。そしてそれは現在へと繋がる鉄との関わりを意味する。
 明治期になると廻船の経営に乗り出し、鉄の他に蝋燭の原料である枦(はぜ)の実、繭の売買や蝋燭の製造を始め、日本海航路の廻船業を兼業した。
 大正期には一転し、廻船を廃止、和鉄から洋鉄へ移行し、鉄鋼とセメント関連の建築資材へと特化していくなど、営業内容を時代に合わせて大きく転換させる。
 二度の世界大戦という激動の昭和を駆け抜け、焦土と化した戦後日本でもその歩みは止まらなかった。そして昭和58年、現在の「株式会社イマヤス」が誕生。高度経済成長期を経て現在に至る低成長の時代へと移っても、時代とともに進化、成長を遂げる。
 昭和62年には「京の老舗」に登録、表彰される。
 同社史の編纂に尽力したのは代表取締役の今安茂也社長と牧野博史取締役総務部長。
 牧野さんは「弊社は老舗企業ですが、節目節目で過去を振り返り形として残した形跡が無く、全くのゼロからのスタートでした」と当時の苦労を振り返る。
 「編纂作業の中で歴代役員の名前等を調べるために京都市の法務局へ連絡しましたが、遡っても明治まで、それ以前は本当に分からない。300年前は徳川吉宗の時代ですから。郷土資料館の学芸員である小室智子さんや、田辺城歴史ガイドの会の武田尚孝さんなど、本当に多くの関係者の方に助けられ情報を戴きました」と語る。
 暗中模索の中、歴史の糸を手繰り寄せていく作業は困難を極める。300年の歴史は軽いものではなかった。自社の歴史を紐解くことは、まさに舞鶴市の歴史を紐解いていくことそのものだった。
 その中で北前船が神崎へ寄港していたという歴史的な証拠を発見するという出来事もあった。
 様々な文献を読み解き編纂し、自社の歴史を1ページずつ積み重ねていった。
 「この社史は保存して後世に受け継がれていくものです。歴史観は勿論ですが、文章構成等も絶対に間違いがあってはいけません。専門家の方に精査していただきました」と語る。
 社史に数多く掲載される写真もカメラマンと同行、山中での撮影もこなした。
 平成28年11月、社史は完成。1年と3ヶ月かかった。自社の歴史がようやく一つの形になった。
 今安社長は「一言では 300年の歴史は語れません。社史が完成した今、それをさらに実感しています」と語る。歴史の重さが言葉に表れる。
 「舞鶴市に我々のような企業がある。300年の歴史を持つ企業がある。それを市民の方に知っていただきたい」と思いを述べた上で「扱うモノは時代と共に変化してきましたが、イマヤスの伝統は変わることなく引き継がれています。取扱商材は日進月歩。今後も時代を先取りしたお客様のニーズに応えられるものを取り扱っていきたい」と思いを語る。
 300年という歴史を重ねてきた株式会社イマヤス。
 どれほど時代が変化しようとも、常に挑戦するスピリッツを持ち続けた。
 そうやって培ってきた伝統は最大の財産であり、さらに次の100年、200年へと時代への挑戦は続く。
 
社史希望の方は株式会社イマヤス 牧野さんまで。(部数に限り有)
TEL 0773・77・0100