守り継がれる無形の財産~人から人へ 繋がる心で次代が輝く~

守り継がれる無形の財産~人から人へ 繋がる心で次代が輝く~

投稿日時:2017年10月20日

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盛大に行われた「舞鶴祭」の1コマ
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熱のこもった演舞の練習風景

 豊かな歴史に彩られた我が街「舞鶴」。とりわけ城下町として発展した西地区には、多くの寺社仏閣や伝統芸能が今なお残り、情緒ある街並みを構成している。
歴史ある街を守り抜く気概もまた、市民によって大切に受け継がれている。

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【4年に1回 吉原の太刀振り】

 旧田辺城下町の氏神である朝代神社の秋季例大祭に合わせ、4年に一度奉納される、市指定・府登録無形文化財の「吉原の太刀振り」が来月3日、市内各地で巡回披露される。吉原地区では、8演目16演者に選ばれた6歳から23歳の男子が、8月中旬から週に3回集まり、稽古に励んでいる。地区の古老たちから指導を受ける日々の佳境に入り、会場になっている吉原小の体育館は熱気で包まれていた。
 振物と呼ばれる芸能の「吉原の太刀振り」は、関ヶ原の戦いの前哨戦で、細川幽斎が田辺城籠城に貢献した吉原の漁民に許した武道の型が伝えられたものとされている。
 同地区の住民らでつくる吉原太刀振保存会の会長を務める山尾清明さん(69)も、昭和41年、自身が高校生の時に演者として参加している。演者は長男にのみ資格があり、有資格者は限られる「狭き門」だったという。4年に一度の開催ととうこともあり、伝統芸能を相伝していくためには、地区に戻るものに伝える必要があったからだ。
 高校卒業後は同志社大に進み、定年まで銀行に勤めた山尾さん。老後を過ごすまちへの愛着は年々深まってきている。
「最初は泣きだす子もいるが、最後は良い経験になったと皆が口をそろえる。少子化の為、演者の編成にも苦労の連続だが、何とか守り継いでいきたい」

【5年に1回 小男稲荷の菊みこし巡行】

 西舞鶴駅に程近い折原地区では、昭和16年に自治会が発足した折に、引土町内の管理であった「小男稲荷神社」の管理を引き継いだ。
同神社には、参勤交代で江戸に勤務していた田辺の殿様が、お国自慢の力士を集めて相撲大会を開催することになった折、お屋敷で風呂焚きをしている小柄な男が名乗り出て快進撃をおさめたが、いざ田辺に帰ってくると姿が見えなくなり、狐の化身だったと信じられ、その後祀られるようになったという逸話が残っている。
 商家の多い折原地区は、農家の多かった引土地区よりも稲荷神社への信仰が篤いと考えられたのか、以降毎年11月3日に祭礼を執り行うのが恒例となっている。
 なかでも、5年に一回開催される「菊みこし巡行」は、戦中戦後しばらくは中断し、同神社が折原地区の管理になって初めて、昭和31年に開催された。同年は地区の商店が「折原商店会」を結成し、商売繁盛を盛大に祈願したという。
 以来絶えることなく行われた同祭。昨年が5年に一度の祭礼にあたっていたが、町内の諸事情によって、本年6年ぶりに菊みこしが巡行する。
 同地区では祭の開催に合わせて、折原76周年記念事業に取り組むという。事業は記念誌の作成や思念写真展の開催、語り部による歴史講談と多岐に及ぶ。
記念誌の編纂に編集委員として携わった、同地区在住の治島俊雄さんは、「自治会発足後、多年が経過した現在、住民意識も世代間で差が出ている。歴史を継承し、今の若者や子どもたちが、この地区を「ふるさと」と思えるような町づくりにつなげたい」と充実感を漂わせた。
 歴史を紡ぐまちには、人の心が通っている。住民たちが守り継ぐ無形の財産は、次の時代の血肉になるに違いない。