盆栽で内閣総理大臣賞~余部上の外松さん

投稿日時:2020年2月28日

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受賞した外松さんの作品
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賞状を手に笑顔を見せる外松さん

 余部上の医師・外松信一さん(69)が、1月に京都市で開催された盆栽展「第45回雅風展」で、同展の最高賞である内閣総理大臣賞を受賞した。3回目の挑戦で快挙を成し遂げた外松さんに、全国の愛好家から熱視線が注がれている。



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 同展は小品盆栽の由緒ある展覧会。1月10日~12日、会場となった京都市勧業館みやこめっせには、全国から多くの愛好家たちが訪れた。
 小品盆栽とは樹高20cmまでの手のひらサイズの盆栽で、自然界の大樹や景色を縮小表現する日本独自の伝統芸術。清少納言が「枕草子」の中で、「ちひさきものはみなうつくし」と書き残したように、箱庭しかり古来よりミニチュアを好んだ国民性に育まれてきた。
 近年では海外でも愛好家が増えてBONSAIは世界共通の芸術になりつつあり、同展には欧州や中国からの出品も展示された。
 一昨年に初出品し、その時には環境大臣賞を受賞。見事に最高賞を引き寄せた勝因について外松さんは、「ひとえに指導してくださる先生や諸先輩方、友人らのサポートのおかげ。ご縁や出会いに感謝したい」と笑顔を見せた。



【樹が可愛いから育てる・無欲が磨き上げた芸術性】



 1950年(昭和25年)、外松さんは中舞鶴の地で生を受けた。妹一人の二人きょうだい。父母共に公務員の家庭に育ち、幼少時は祖父母が営む駄菓子屋が遊び場だった。中学時代に医師を志し、以降は勤勉努力の日々で初志を貫いた。
 盆栽との出会いは和歌山での医学生時代のことだった。学生結婚をしたばかりの外松さんが、ふとしたきっかけで訪れた地元の盆栽園。3500円の小さな蝦夷松に一瞬で心が奪われた。なぜそんなにも惹かれるのか。買うか買うまいか、三日三晩悩み抜いた末に、手に入れることになった。
 ふるさと舞鶴には25歳で戻ってきた。勤務医として医師人生がはじまった。
 当時は盆栽ブームで業界は賑わっていたが、開業した医院の切り盛りや子育てと、公私ともに多忙になるにつれ外松さんの盆栽との関わりは次第に薄れていった。
 往時の情熱が本格的に再燃したのは10数年前。子育ても一段落し私生活にも余裕が出てきたある日、京都の町をぶらついていると盆栽に目が留まった。そこから、外松さんの研究の日々が再始動した。
 しかし、市内には業者が少ないばかりか、素材を手に入れることもままならない。それでも、外松さんは雑誌やインターネットに情報を求め、さらには県外の盆栽業者に電話やメールを駆使して教えを請うなど、持ち前の行動力で経験を蓄えた。
 そんな中、懇意にしていた盆栽園の園主から愛好会への所属を提案され、指導者に出会う。それ以降、蓄えた養分が木々の隅々にまで行き渡るように、外松さんの飛躍的な成長がはじまった。
 「このような素晴らしい賞をいただけるとは思ってもいなかったので、喜びよりも驚きが大きい」と外松さんは話し、「しかし、盆栽は個人の所有物ではなく、樹が継承される歴史の中で、ある一定期間の管理を任されているだけに過ぎない」と謙虚な姿勢を崩さない。
 「正直、今回の受賞に特別な感慨はありません。だから、賞状を額に入れることもない。受賞するために育ててるんじゃなくて、ただ樹が可愛いから育てているんです」と外松さんは屈託のない笑顔を弾けさせた。
 無欲の盆栽家が今後どのような作品を世に出していくのか。外松さんの今後の活躍に期待したい。