東北・被災地ルポ 震災から1年 ―第8回― 復興に向け  被災者の意欲 得意を発揮し支援 不足する人・資金・関心【舞鶴】

東北・被災地ルポ 震災から1年 ―第8回― 復興に向け 被災者の意欲 得意を発揮し支援 不足する人・資金・関心【舞鶴】

投稿日時:2012年3月23日

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被災地を案内してくれたNPO法人難民を助ける会(東京都品川区)は、国内・海外を問わず、被災地や紛争地での緊急支援、地雷撤去などに取り組む。  今回の大震災でも仙台市や盛岡市などに事務所を置き、支援の手が届きにくい障害者や高齢者たちを中心に、約1500カ所で支援物資の配布、福祉作業所などの施設約50カ所の再建、仮設住宅などでの心のケアや地域交流など多くの活動を実施している。東京本部から派遣された職員が常駐するほか、被災者20人が採用され自ら支援にあたる。  震災発生から2日後に現地入りした助ける会東北事務所長の野際紗綾子(さやこ)さん(35)。震災から1年を経過して課題を3つ上げた。1つは足りない人、お金、関心。例えばがれき撤去や炊き出しなど、まだまだ多くのボランティアが必要だ。復旧・復興を実行する自治体や支援する団体の資金不足、そして被災地への関心が激減する。  2つ目は災害弱者と言われる障害者や子供たちへの配慮が足りないこと。津波の被害にどうしても注目が集まるが、内陸部の岩手県花巻市にあり、地震によって建物の一部が壊れた障害者たちのアート創作や作品展示の施設「るんびにい美術館」に対し、助ける会は補修支援をした。3つ目は支援している人たちの心身の健康問題という。  震災後、被災の東北三県で12万人が失業し、人口は計8万人減少した。仮設住宅で灯りもこたつもつけず生活を切り詰める高齢者から「私たち、忘れられているのかねぇ」とポツリと漏らした言葉が、野際さんの胸に深く残る。「未来に希望を持てないと思っている人も多い。復興には8年から10年はかかるとされ、これからが勝負」と、福祉作業所の商品開発や販路開拓、趣味や生き甲斐づくりなど、被災地の人たちの意欲を後押しする。  私たちにできることは何か。まず「関心を持ち続けてほしい」、次に「地域で支援イベントへ参加するなどできることから始めて」、そして最後は「?」とした。「被災地には1人1人違ったニーズがあり、支援する側も得意なこと、関心のあることを活かして多くの人が関わってほしい。いますぐ何かできなくても情報収集し考えることで、将来何かできるかもしれないですから。力になりたいという方たちの想いをつなぎ、形にしていきたい」と前を見る。  野際さんに率いられるスタッフも頼もしい。盛岡市の京野克彦さん(43)と坂むつみさん(36)は、直接支援に携わりたいと会社を退職するなどして助ける会に入った。東京本部から同行した山本祐一郎さん(29)は英語を教える仕事でインドネシアに滞在中、大震災の映像を見たのを機に、いても立ってもいられず日本に飛んだ。  舞鶴から訪れた陶芸家の高井晴美さん、洋裁デザイナーのよしだ敦子さん。これまで市民や仲間の協力を得て、自分の仕事を通し支援に取り組んできた。「被災地はもう復興したと思っている人もいる。つながりを大切にこれからもこつこつと支援を続けたい」と高井さん。今月、岩手県陸前高田市に向かった  よしださんは17年前、阪神淡路大震災の発生時、大阪市内にいた。被災して何もかも失い、サンダル履きの会社社長をホテルで目にし、その姿が忘れられない。「何かことが起きればみんなハダカになり、最後に残るのは人のハートだと思った」と語る。市民への報告と支援の継続の意志を強くした。  わずか3日の取材、見てきたものはごく一部にしかすぎないが、大きな問いかけを持ち帰ったように思える。自分に何ができるか、震災を抜きには考えられない日常が始まった。この問いを大切にしたい。被災地は、いつか再び行かなければならない場所になった。 (おわり)
(このシリーズは青木信明が担当しました)

写真=被災した施設の代表者から話を聞く、難民を助ける会の野際さん(右)らスタッフ(1月31日、釜石市)