学んだ 行動の大切さ 浮島丸事件 紙芝居上演報告会 下北と連携強化し若い世代へ 追悼する会のメンバー体験発表【舞鶴】

学んだ 行動の大切さ 浮島丸事件 紙芝居上演報告会 下北と連携強化し若い世代へ 追悼する会のメンバー体験発表【舞鶴】

投稿日時:2011年11月18日

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写真=紙芝居制作者の余江さんの発表を聞く来場者たち

戦争直後、朝鮮人労働者と日本人乗組員らを乗せたまま、舞鶴湾で爆沈した海軍特設輸送艦「浮島丸」が出港した青森県むつ市を訪れ、浮島丸事件の紙芝居を上演した舞鶴市民の活動の報告会が11月13日、南田辺の西総合会館で開かれた。事件を語り伝える下北の市民グループの熱心な取り組みが発表され、下北と連携して行動を強めようと締めくくり、来場者にも協力を呼びかけた。  「浮島丸殉難者を追悼する会」が、事件を題材にした紙芝居を下北で上演するため、8月27、28日、14人で訪問。強制労働の聞き取り調査などを続ける浮島丸下北の会と交流した。  報告会には約40人が来場し、紙芝居上演を報道したNHK青森放送局のニュース番組や、強制労働でできた大間鉄道のアーチ橋、県立むつ工業高校の生徒たちから受けた取材の様子が映像で紹介された。  続いて参加した石間正治さんが「朝鮮人たちの望郷や無念さ、深い悲しみを思うと2度とこんな事件を起こしてはならないとの思いを強くした」と語ったほか、「80歳になる下北の齋藤さんと鳴海さんの、歴史を風化させまいとする姿を目の当たりにし、舞鶴でもがんばらなければと思った」「戦争を知らない子供や親、先生が増えているからこそ、運動を続けなればならないという言葉に勇気づけられた」とメンバーたちは次々と下北での体験を発表した。  来場した行永の辻真理子さんは「運動をするには厳しい状況の下北で、強制労働の事実を伝えていこうとする熱意を心強く感じ、中でも若い世代に伝えていく活動に共感した」と話した。  紙芝居を制作した余江美穂子さんは「最初は手話劇にするため紙芝居を作りました。皆さんの感想を聞くことで紙芝居をよりよいものにしていきたい」、追悼する会の余江勝彦会長は「下北でとにかく行動することの大切さを学んだ。学校回りをして紙芝居を上演できるように取り組みたい」と結んだ。

 浮島丸事件 戦前、海軍の軍事拠点だった下北半島に、本土決戦に備えて鉄道やトンネル工事などを短期間に行うため、不足する労働力を朝鮮半島から集め、過酷な強制労働をさせていた。戦争が終結した後、急遽、朝鮮人労働者を帰国させるため、1945年8月22日、3千人以上を乗せた「浮島丸」が大湊港を出港、8月24日に寄港した舞鶴湾佐波賀沖で謎の爆沈をし、朝鮮人524人、日本人乗組員25人が亡くなったとされる。