赤煉瓦倶楽部舞鶴が倉庫群を模型で復元 今月下旬開館「まいづる智恵蔵」に展示【舞鶴】

赤煉瓦倶楽部舞鶴が倉庫群を模型で復元 今月下旬開館「まいづる智恵蔵」に展示【舞鶴】

投稿日時:2007年4月10日

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舞鶴市が北吸の赤れんが倉庫を活用して、今月下旬に開館する展示交流施設「まいづる智恵蔵」に、展示される同地区の赤れんが倉庫群周辺の立体模型づくりが進んでいる。市教委の依頼を受けたNPO法人赤煉瓦倶楽部舞鶴が製作を担当。いまは取り壊された戦後の昭和20年代ごろの倉庫群や海岸線の様子を、750分の1の模型で再現している。  智恵蔵は舞鶴の歴史文化遺産を収蔵し展示する施設。舞鶴が軍港として発展するのに伴い、北吸の赤れんが倉庫群は舞鶴鎮守府の軍需物資の保管倉庫として、1900(明治33)年から1921(大正10)年までに次々と建設された。戦後は民間の倉庫などに使用され、現在は12棟が残る。その内2棟は赤れんが博物館などに活用されている。  舞鶴の宝物の紹介の一環として東山地区から市役所、北吸の浄水場周辺までの戦後の様子を立体模型で再現して展示する。これまでにも神崎ホフマン窯などの模型を製作した同倶楽部舞鶴の松井功副理事長を中心に、昨年暮れから準備を開始。軍の統治下にあった地域のため、当時を知る写真などの資料がほとんどなく、お年寄りたちから聞き取った記憶の断片をつなぎ合わせ、基本となる図面を作った。  750分の1のスケールで、縦90センチ、横2.2メートルのベニア板を土台にし、その上に紙や発泡スチロールなどを材料に山を築いた。その上に彩色したおが屑をボントでくっつけるなど風景を仕上げた。赤れんが倉庫は紙でつくり、当時残っていた20棟を復元し配した。海上には軍艦も浮かべている。  松井さんは「資料がほとんどない中での復元作業に苦労しました。当時はこんな場所に多くの倉庫があったことが、模型で一目で分かります」と話していた。

写真=750分の1のスケールの模型づくりを進める松井さん(左)ら

【舞鶴】