舞鶴に駐留、引き揚げ撮影 抑留の歴史伝えて 元米国兵日系のオカさん 65年ぶり再訪【舞鶴】

舞鶴に駐留、引き揚げ撮影 抑留の歴史伝えて 元米国兵日系のオカさん 65年ぶり再訪【舞鶴】

投稿日時:2014年4月8日

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 終戦直後に舞鶴に駐留した日系2世の元アメリカ兵士、ウォルター・オカさん(85)=米オハイオ州シンシナティ市=がこのほど、65年ぶりに舞鶴の地を踏んだ。引揚援護局のあった場所や当時の様子を撮影した写真を寄贈した平の引揚記念館を見学、抑留の歴史を伝える大切さを語った。
 終戦後、日本に進駐した連合国軍(GHQ)は、舞鶴では元海軍兵学校舞鶴分校(旧海軍機関学校)跡を兵舎にし、引揚者から旧ソ連の情報を収集。戦時中、米国政府は日系人を日本の戦後処理に活用しようと、駐留軍に配置した。
 46年入隊のオカさんは陸軍情報部に配属され、47年4月~49年1月まで舞鶴に滞在、聞き取りをしつつ個人的に写真撮影をした。写真は趣味としており、撮影は規制されなかったという。引揚船内での検査などの写真79枚の電子データを同記念館に寄贈。当時では珍しいカラー写真9枚も含まれ、同館は昨年、企画展で紹介した。
 勤務した佐世保市でも同じく引き揚げの様子、48年の福井地震直後の被災地でも撮影し、現地の施設に写真を贈った。3月20日から今月上旬まで各地の寄贈地を訪問。舞鶴では同記念館の山下美晴館長らが案内した。
 オカさんは「抑留中、ノルマを達成したら次の日はさらにノルマが増え、達成できなければ食料が減らされる話を聞き、奴隷的に扱われていた印象を受けた」と振り返り、「戦争や抑留の歴史を若い人たちに伝えてほしい」と話した。

写真=引揚記念館で当時の様子を語るオカ氏