特別連載・陸前高田へ㊦ 先祖の地 ここで生きたい 79歳の佐藤さん 木伐り自宅再建、米作りも ドキュメンタリー映画の主人公に【舞鶴】

特別連載・陸前高田へ㊦ 先祖の地 ここで生きたい 79歳の佐藤さん 木伐り自宅再建、米作りも ドキュメンタリー映画の主人公に【舞鶴】

投稿日時:2013年11月1日

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 気仙川をさかのぼった津波でほとんどの家が流され、16人が犠牲となった陸前高田市気仙町荒町地区。ここに木の香りがする新しい家がある。この地で生まれ育ち農林業を営む佐藤直志さん(79)が、自分で伐り出した木で再建した家だ。元の自宅は2階まで浸水し、消防団員だった長男の昇一さん(当時47)が、老人を背負って避難の途中に波にさらわれ亡くなった。絶望の中、前を向き続けた。
 そんな佐藤さんが映画の主人公になっている。中国残留日本兵の悲劇を描いた「蟻の兵隊」で知られる池谷薫監督が、昨年8月に自宅が完成するまでの姿を追いかけ、ドキュメンタリー映画「先祖になる」を完成させ、各地で上映されている。仮設住宅に入らず、食料確保のため米作りも始めた頑固ぶりを紹介した新聞記事を読み、気になる存在だった。
 舞鶴からの一行の先導役を務めた同市矢作町の製材所代表の村上富夫さん(65)が、佐藤さんの話題を口にした。「親分」と呼ぶ親しい間柄だと分かり、10月12日出発前の朝6時に隣町に住む佐藤さん宅に、朝日を見ながら軽トラックで案内してくれた。早朝の押しかけ訪問に少し驚きつつ、気持ちよく自宅に招いてもらった。
 浸水地域から立ち退き、避難所や仮設住宅に入ることを市から求められたが、「先祖から住むこの土地を離れることはできない。ここに家を建て直し、生まれたところから旅立ちたかった」と、妻と娘と別居してでも電気も水道もない自宅にとどまった。
 震災後の4月。何もなくなったけれど桜の花はいつものように咲き、亡くなった人の供養と元気を出そうと花見をした。まだまだうちしおれる人が多い時期に、池谷監督が花見に驚き撮影を始めた。
 食料を自分で確保しようと、休耕田で米を作りだした。地区を離れる人が相次ぎ町内会の解散話が出て紛糾する住民集会で、元の場所に家を建て直すと宣言する。津波で枯れた被災木を伐り倒し、家の材料を準備した。被災の自宅を解体後は近くの納屋で冬を過ごし、再建費用を稼ぐため山仕事を続けた。
 「何も特別なことじゃない。当たり前のことを素直な気持ちでやっただけ」と、自分が映画になったことを不思議がる。映画はベルリン国際映画祭で特別賞を受賞し、今年の田植えにはドイツから16人が手伝いに来た。
 村上さんが電話で近くに住む菅野剛(たけし)さん(64)を呼び出した。いつも佐藤さんを支え続ける、静かながらとても大きな存在感のある人だ。菅野さんも自宅を再建した。佐藤さんらのこうした姿に背を押されるように、元の場所に住みたいと自宅を再建する人たちが増えてきた。
 今年、佐藤さんは菅野さんら仲間4人と組合を作り、酒造会社と契約して酒米の栽培を始めた。「震災でゼロになったけれど悲壮感はない。いまは楽しく過ごしているよ」と、無邪気な笑顔で話してくれた。真っ直ぐな心と優しい目がすがすがしい。震災の地に誇らしげに立つ家をあとにした。(青木信明)

写真=再建した自宅を前に「あたり前のことをしただけ」と話す佐藤さん(左)とその活動を支える菅野さん