特別連載・陸前高田へ㊤ 多くの市民の想い届ける 舞鶴から23人が支援に 被災者とつながりを【舞鶴】

特別連載・陸前高田へ㊤ 多くの市民の想い届ける 舞鶴から23人が支援に 被災者とつながりを【舞鶴】

投稿日時:2013年10月25日

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 成生の陶芸家、高井晴美さん(49)と市民たちの23人が昨年10月に続き、岩手県陸前高田市を11、12日訪れ、仮設住宅で暮らす被災者に支援物資を届け、いまのまちの様子を目にした。東日本大震災で壊滅的な被害を受けた陸前高田の復興の現状を見て回り、被災者たちの話を聞こうと同行した。(青木信明)

 訪問に向け高井さんと陶芸教室の生徒らは、昨年12月から製作してきた400人分のマグカップ、舞鶴市身体障害者福祉センターの利用者や職員、市民らが手作りしたマフラー560枚、農家から寄せられたお米1830キロ、両親を亡くした震災遺児への募金17万5,000円、みずなぎ学園が作った黒豆パン、そして志楽小学校4年生71人が高田小学校4年生に贈ろうと作ったマグカップなどをバスに積み込んだ。
 訪れた仮設住宅は計6カ所で、172世帯、452人が暮らす。旧矢作(やはぎ)診療所跡地の仮設住宅は、奥まった山間地にあり、地元の人に教えてもらわなければ気がつかない。談話室で住民たちが笑顔で迎えてくれ、ふかし芋などで接待を受けた。
 自治会長の熊谷薫(いさお)さん(76)によると、20世帯の内、半分が一人暮らしの高齢者だという。年内に2世帯が住宅を建て仮設を出るが、残る人たちは高台や災害公営住宅への移転を望んでいる。
 熊谷さんも津波で自宅を流され、妻(当時74)とその妹(同60)が亡くなった。妻の遺体は3カ月後に見つかったがすでに火葬され、DNA鑑定で判明した。「みんな明るく振る舞っていますが、一緒に逃げる途中で母の手を離してしまい津波にさらわれた人など、それぞれに物語を背負っています。心の中にしまい口にすることはありませんが」と話してくれた。
 2回目の参加の眞下幸代さん(63)は「仮設に住むお年寄りのもとをゆっくりと時間をかけて訪問し、足浴や肩たたきをしながら話をしたい」とつながりを持つことの大切さを感じた。
 陸前高田市役所では震災遺児たちへの募金などを手渡した。続いて津波が校舎1階まで押し寄せた高田小にもより、児童が作ったマグカップなどを木下邦男校長(56)に届けた。校長室の壁には犠牲となった児童7人の写真がいまも並ぶ。
 初めて陸前高田を訪れた市身体障害者福祉センター所長の富永華世さん(52)は、「子供たちの写真が目に焼きつきました。これからもできることでお手伝いしていきたい」と話す。
 参加者や職場仲間、友人たちが買い物で陸前高田を支援することもした。和菓子やお酒などの購入金額は134万円にのぼった。高井さんは「多くの市民の協力をいただき、想いを届けることができました。被災者からよく聞くのは、当たり前のことがどんなに幸せだったか気づいたということ。日常の生活を大切にして下さいと言葉をかけられます」と語る。

写真左=高田小の木下校長(右端)にマグカップなどを手渡した舞鶴市民たち。後ろの壁には震災で亡くなった児童7人の写真があった。(陸前高田市高田町)
写真右=出迎えてくれた仮設住宅に暮らす人たち(同市矢作町)