浮島丸事件、犠牲者の思い 語り伝える 元小学校・養護学校教諭の余江さんが紙芝居に【舞鶴】

浮島丸事件、犠牲者の思い 語り伝える 元小学校・養護学校教諭の余江さんが紙芝居に【舞鶴】

投稿日時:2010年8月17日

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 浮島丸殉難者を追悼する会の会員で、元小学校・養護学校教諭の余江美穂子さん(65)=白浜台=が、浮島丸事件を題材にした紙芝居を完成させ、上演に取り組んでいる。事件とその背景となった歴史、青森での強制労働の様子なども描き、日本の戦争の犠牲となった朝鮮人労働者たちの望郷や無念の思いを伝えている。子供たちに事件を知ってもらうきっかけになればと紙芝居を使って事件の語り部を果たす。  浮島丸との関わりは、1957年に学校教諭らが中心になって殉難者追悼の碑の像づくりに夫の勝彦さんとともに加わり、事件を初めて知ったことから始まる。それ以来、同会会長を務める夫と一緒に毎年8月24日の追悼集会の運営を支え、退職後は碑のある公園の草取りを欠かさない。  事件のことを意外と知らない人が多く、手話サークルの活動で知り合ったろうあ者にもわかりやすく事件を知ってほしいと、紙芝居の制作を考えた。到着するはずだった韓国釜山の方角を見つめる碑を何度も見るたびに、帰れなかった人たちの思いが心に募り、絵筆を握る後押しにもなった。  昨年10月、朝鮮人たちが過酷な労働をさせられ、「浮島丸」が出港した青森県下北半島を取材。下北浮島丸の会会長の斎藤作治さんらの案内を受けた。戦争末期、日本は本土決戦に備えて下北を北の守りの拠点にするため、朝鮮半島から多くの労働者を強制連行し、鉄道の陸橋やトンネルの建設現場跡で多くの人が亡くなった話を聞き取りスケッチした。  遭難者を救助した佐波賀でも地元の人たちから話を聞き、今年1~4月に事件発生時や青森での状況、その背景を文章にまとめた。その後、爆沈場面などシーンごとのイメージを膨らませ、3カ月かけて顔彩絵の具で四つ切りの厚手の紙に28枚の絵を仕上げた。  すでに舞鶴と京都市での戦争展などで上演し、追悼集会に参加したいと感想をもらった。余江さんは「私たちの悲しみを無駄にしないでという犠牲者たちの思いが募ったことで書けたと思います。小・中学校や佐波賀、下北でも上演できれば」と話す。  事件から65年目の今夏、追悼集会は24日午前11時から下佐波賀の碑公園で開かれる。今年は釜山から約20人が参加する。
浮島丸事件《戦時中、青森県で働いていた朝鮮人労働者と家族らを乗せた海軍特設輸送艦「浮島丸」が、1945年8月22日に大湊港を出港し、釜山へ向かう途中に寄航した舞鶴湾内で謎の爆発・沈没をし、朝鮮人524人と乗組員25人が亡くなった》

写真=完成した紙芝居と余江さん