洪水被害、工費負担、海軍買収 村人の努力 100年の変貌を 朝来川改修を学ぶ 3月6日 大波上集会所で【舞鶴】

洪水被害、工費負担、海軍買収 村人の努力 100年の変貌を 朝来川改修を学ぶ 3月6日 大波上集会所で【舞鶴】

投稿日時:2016年2月23日

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朝来や大波地区を流れる朝来川の改修工事(瀬替)記録に学ぶ催しが3月6日、大波上の集会所で開かれる。度重なる洪水で農作物に被害が及び、自ら負担して改修に取り組んだ村人たちの努力と、その後戦争などに翻弄された100年あまりの地域の変貌を講演とスライド上映で伝える。(青木信明)
 「朝来村史」によると、朝来川の改修は江戸期と明治期に試みられたが着工にいたらなかった。1918(大正7)年に3度の大水で堤防が決壊したことから、村人らが反対意見を乗り越え、「朝来川の改修なくして生きるに能わず」と決意し、翌年から工事が始まり21年に完成した。
 元の川は現在より北側に蛇行して流れていたが、下流から約1キロの区間を掘り下げ直線の川に付け替えた。市内の他の河川は田辺藩や京都府が工事費を負ったが、朝来川では費用の半分を地元住民で負担した。
 川の氾濫も治まり農地として利用していたが、地区で20年かけて返済した直後の39(昭和14)年に、海軍から火薬廠建設のため土地を強制的に買い上げる通告が出され、村人らは農地を泣く泣く手放した。戦後は板ガラス工場、舞鶴高専、公営住宅ができた。
 改修からまもなく100年が経つことから、地域の変遷を振り返ろうと、朝来歴史研究会が主催する。午後1時半から由良川流域ネットワーク会員の大滝裕一さんが「京都における治水事業と朝来川」をテーマに話す。改修の変遷をたどったスライドを上映、最後に地元住民らによる座談会を行う。
 同会の関本長三郎さん(72)は「朝来川の改修に取り組んだ先人たちの努力と苦労を学び、改修を契機として築かれた地域の歴史を知ってほしい」と話している。入場無料。だれでも参加できる。【問い合わせ】電話62・5736、関本さん。

写真=いまの朝来川