江戸時代の大庄屋・池田弥太夫が残した記録帳 古文書勉強会の小西さんが読み解き翻刻書自費出版 【舞鶴のニュース】

江戸時代の大庄屋・池田弥太夫が残した記録帳 古文書勉強会の小西さんが読み解き翻刻書自費出版 【舞鶴のニュース】

投稿日時:2002年4月5日

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古文書勉強会会員で市文化財保護委員の小西とも子さん(55)=七条中町=が、江戸時代に祖母谷組の大庄屋を務めた池田弥太夫が残した記録帳を読み解き、翻刻(ほんこく)書を自費出版した。元文元年(1736)から5年までの出来事を書き留めている。上納金をめぐる藩と大庄屋とのやり取りがくわしく記録されるなど、舞鶴の歴史の余白を埋める貴重な資料となっている。
 応仁の乱(1467~77)の時代、幕臣であった大和守池田重房が、京から丹後の国に移り住んだという。8代目の弥太夫が大庄屋を務めた。6代と7代は池辺姓を名乗り、古文書では「池辺(部)」と書かれている。池田家には多数の古文書が伝わっていたが、散逸するなどして、いまは弥太夫の大庄屋記録など一部が残っている。
 記録の表紙には「元文元年 記録帳 池部弥太夫 辰ノ九月十六日」とあり、後世だれかによって書き写された。古文書勉強会は平成6年、この大庄屋記録をテキストとして読んだが、第16代の池田叡子さんが小西さんに改めて解読を依頼。小西さんは同会会員の高橋俊治さんの協力を受け解読を進めたが、歴史資料として残しておきたいと、池田さんの了解を得て出版した。
 翻刻とは写本などを底本として活版などで刊行する作業。解読から完成まで約1年かけた。藩が江戸町人から借財した金子の請け合い手形に、大庄屋八人が印形を仰せ付けられたことや、佐波賀村で起きた火災で大庄屋八人が寄り合い、材木などを出したことなどが書かれている。
 B5判、27ページ。50部作成した。小西さんは「当時の大庄屋の動きが生き生きと描かれていました」と話していた。希望者には1部1000円で販売している。

【問い合わせ】電話62・2777、小西さん。