松尾寺「北前船大絵馬」の複製完成 宮津市の丹後郷土資料館で常設展示【舞鶴】

松尾寺「北前船大絵馬」の複製完成 宮津市の丹後郷土資料館で常設展示【舞鶴】

投稿日時:2004年10月15日

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 海上安全や無事の帰港を感謝して奉納され、舞鶴市松尾の松尾寺本堂に掛かっていた船絵馬の複製が完成し、宮津市国分の府立丹後郷土資料館の常設展「丹後の歴史と文化」で展示されている。近世に日本海の海運で活躍した北前船11隻が描かれたもので、多くの北前船が書かれた大絵馬は丹後では類例が少なく貴重。海に生きた人たちの信仰の厚さを伝えている。本物は傷みがひどいため、現在修復が進められている。近世中期から明治中期にかけて、大阪から瀬戸内海を抜け、日本海を渡って北海道までの西廻り航路に就航したのが北前船。近辺では宮津や小浜などに寄港した。船絵馬は船頭などが自分の出身地や寄港地の神仏に海上安全を祈願したり、無事の帰港を感謝して奉納した。紙に絵を描いたものを杉板に糊付けし、幕末から明治に数多く製作された。松尾寺の船絵馬は、小浜の廻船問屋で船の所有者の清水源兵衛や船頭の吉治郎らが、1846年(弘化3)に奉納。長福丸など11隻の船を大阪の船絵馬師の杉本春乗清舟が描いた。大きさは縦82センチ、横183 センチ。一般的な船絵馬は1~2隻の船を描いたもので、丹後では大きなものは岩滝町の板列八幡神社にある14隻を描いた船絵馬しかない。青葉山中腹にある松尾寺は馬頭観音を本尊としている。「松尾寺再興啓白文」には観音の加護で海難をのがれた漁師春日為光が、馬頭観音の像を作ったとの伝承がある。また、青葉山は日本海を行き交う丹後や若狭の海の民の目印だったこともあり、松尾寺同様彼らの信仰を集めていた。同館が平成14年に同寺の船絵馬を見つけビデオ撮影したが、長年の護摩焚きで紙の表面が煤で黒ずみ、一部はヤニの艶が見られ、湿気と熱でめくれ上がるなど傷みがひどかった。そのため京都市の文化財修復の専門業者によって、黒ずみを取り除くなどの作業が進められている。その一方で複製を作って常時見てもらおうと、同館が府の伝統産業「京の職人さん」雇用創出事業で京都神祗工芸組合の安川如風さんらの絵師に、同サイズの複製を依頼した。風をはらんで白い帆をはった船、操船する船乗り、海上安全の神として信仰を集める大阪の住吉神社が、左上の背景に描かれている。同館資料課長の井之本泰さんは「『板子一枚下は地獄』といわれるように、命がかかっていたことを肌身で経験した人たちの神仏に感謝した信仰心を、船絵馬から感じてもらえれば」と話していた。
【問い合わせ】電話0772・27・0230、同館。

写真=北前船11隻が描かれた大絵馬の複製が完成