昭和40年代の舞鶴線の蒸気機関車 城陽市の小菅さんが写真集『京都府北部編』【舞鶴】

昭和40年代の舞鶴線の蒸気機関車 城陽市の小菅さんが写真集『京都府北部編』【舞鶴】

投稿日時:2004年5月11日

 昭和47年3月まで走っていた舞鶴線や宮津線などの定期蒸気機関車(SL)を撮影した白黒写真51枚を掲載した写真集『蒸気機関車 京都府北部編』(縦25センチ、横26センチ、38ページ)が、このほど自費出版され話題となっている。撮影・作成したのは城陽市の会社員、小菅一己さん(54)。雪が舞う中で東舞鶴駅に向かって走るSLや、貨物列車をつなげて西舞鶴駅を煙を勢いよく上げて発車するSLの姿をとらえた貴重な記録となっている。小菅さんは幼児のころから蒸気機関車に魅了され、高校1年の昭和40年からゆくゆくは姿を消すSLを写真で思い出に残そうと、京都府や奈良、遠くは九州まで出向き中判カメラで撮影を続けた。「急勾配を登る時には『パッパッパッパッ』と、4拍子でエントツの下から水蒸気を上げてがんばっている姿は、人とそっくりでした」記録として手にとってもらおうと、3年前に第1集『保津峡編』を、続いて第2集『京都府南部編』を出版。3集目の今回は、昭和46年4月に姿を消した山陰本線の定期蒸気機関車を起点に、舞鶴線などのSLの写真をまとめた。海水浴シーズンに走った臨時急行「はしだてビーチ1号」や、収穫の終わった田園風景の中をのんびりと走る姿を収めた。2000部作成した。学生だった当時は京都市内から西駅までSLに乗り、撮影地点を探しながら東駅や丹後由良まで歩いたり、西駅機関区内に泊めてもらったことも。いまのように自動販売のなかった時代、真夏の太陽が照りつける下、海水浴客を乗せた臨時列車の撮影のため歩いていると、農家の女性がお茶をいれたやかんを持ってきてくれたことや、寺の境内のたまり水をごみを避けながら飲んだ思い出も添えている。小菅さんは「どんな写真が撮れるかと楽しみででかけました。見た人からは懐かしいと感想をもらっています」と話していた。ブックスアスカで若干部数販売している。小菅さんへの申し込みははがきで。あて先は〒610-0111、城陽市富野南清水75ー22

写真=昭和46年5月5日、貨物列車をつなげて西駅を発車する蒸気機関車