旧満州から日本への民間人の過酷な引き揚げ 4月30日まで引揚記念館で故・飯山さんの写真展【舞鶴】

旧満州から日本への民間人の過酷な引き揚げ 4月30日まで引揚記念館で故・飯山さんの写真展【舞鶴】

投稿日時:2008年2月5日

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【舞鶴】

旧満州から日本への民間人の過酷な引き揚げの様子をカメラで収めたフォトジャーナリストの飯山達雄さん(1904~93年)の写真展が、平の舞鶴引揚記念館で開かれている。戦後の1946年、飯山さんが中国コロ島から満州に潜入し、何カ月もかかって埠頭にたどり着き、引揚船への乗船を待つ人々の姿、船上での食事や亡くなった人を海中へ葬る様子など、混乱期の引き揚げを伝える貴重な記録になっている。  飯山さんは6歳で家族とともに朝鮮に渡り、朝鮮総督府鉄道局職員を務めた。戦後、満州・朝鮮在住の日本人の引き揚げ業務に関わった際、民間人の引き揚げが進まない過酷な状況を目にし、「軍人の引き揚げを優先しすぎる」と批判し、米軍軍政府に軟禁された。逃亡してひそかに46年5月に日本へ帰国した。  しかし、引揚者から大陸での様子を聞くにつれ自身の体験も重なり、もう一度満州に戻って実態を写真で日本に伝えようと、同年7月5日博多港からコロ島へ逆上陸。監視員の目を逃れるため、ダブダブの汚れた白衣を着て、胸もとに隠し撮りの穴を開けるなどして出発した。満州を歩き、同月15日にコロ島から博多港への引揚船に乗り込み、危険を冒して撮影を続けた。  そうした写真は旧満州での日本人の過酷な引き揚げを記録した唯一のものとされ、国書刊行会から『敗戦・引揚の慟哭』として出版された。その写真集の中から舞鶴市が版権を購入した22点について、NPO法人舞鶴・引揚げ語りの会(豊田信明理事長)が企画して展示した。  炎天下に5、600人が2週間前から乗船を待っているが、その逃避行の中で家族を失ってしまった人々の姿、引揚船「白龍丸」の船上で缶詰の底をつつく父親、博多港を間近に控えて亡くなった遺骸を船尾から海中に下ろし手を合わせる人達、いつまでも遺骸が沈んだ海面をじっと見つめる母子らの写真が並ぶ。飯山さんは「おろかな特権族の『私欲、保身』のために引き起こされた戦争の仕打ちが、弱いものにほどしわ寄せされる」と記す。  展示は4月30日まで。午前9時~午後5時半。入館料は大人300円、学生百50円。
【問い合わせ】電話68・0836、同館

写真=危険を冒して撮影された写真が並ぶ

【舞鶴】