引き揚げ証人解体決まる 一時収容の宿舎「上安寮」 老朽化激しく保存困難に 「歴史的な建物、最後の姿見て」 所有の大滝工務店 12月26日見学会【舞鶴】

引き揚げ証人解体決まる 一時収容の宿舎「上安寮」 老朽化激しく保存困難に 「歴史的な建物、最後の姿見て」 所有の大滝工務店 12月26日見学会【舞鶴】

投稿日時:2014年12月24日

1412241

戦後、大陸から舞鶴港へ戻った引揚者の宿舎だった木造の上安寮が老朽化が激しく、所有する建築会社が取り壊しを決めた。引揚者の検疫や復員手続きをここで行い、戦時中は海軍工廠の工員宿舎でもあった。一棟しか現存しておらず、戦前戦後の史実を伝えてきた。解体の前に建物を見てもらおうと、12月26日、上安の現地で見学会を催す。
 当時の引揚援護局が引揚者を一時受け入れる宿舎として、天台や伊佐津、上安、森、平などに設けた。引揚船は当初、西舞鶴港に入港し、主に上安寮などに収容していた。
 「舞鶴地方引揚援護局史」によると、上安寮は送還する朝鮮人の収容を行なった後、中国上海や葫蘆(ころ)島からの引揚者が入った。その時期は1946年1月ごろから47年6月ごろまでだった。13棟が並び4000人を収容できた。別に検疫場や身の上相談所などもあり、持ち帰り金交換や引揚証明書受付などの事務を行なった。
 現存する1棟は木造2階建てで延べ800平方メートル。大滝工務店が1990年から資材倉庫として利用してきたが、長年の雨と雪などで、屋根に穴が開き雨漏りし天井や床などの腐食がひどくなり、立ち入ることもためらわれるほどだった。
 同工務店専務の大滝雄介さんは「歴史的な建物なので何とか残せないものかと思ったが、もう保存に耐えられないほど老朽化し、解体することにした。最後の姿を見てもらえれば」と話している。来年1月ごろに取り壊す予定。
 見学会は午後1時半~同2時半。外観を見て回り、近くに住む十人から寮当時の話を聞く。場所は舞鶴自動車学校の東側。
【問い合わせ】電話090・7750・6596、大滝さん

写真=戦時中は海軍工廠の工員宿舎だった「上安寮」。傷みが進んでいる