市政記念館と北吸隧道 国の登録有形文化財に【舞鶴のニュース】

市政記念館と北吸隧道 国の登録有形文化財に【舞鶴のニュース】

投稿日時:2002年5月17日

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国の文化審議会(高階秀爾会長)は5月17日、文化財建造物を対象とした登録有形文化財の新規登録を答申した。今回の答申では、舞鶴市の市政記念館と市道北吸・桃山線北吸隧(ずい)道が登録を受けた。両施設とも、明治34年(1901)に舞鶴鎮守府の開設直後に造られた旧海軍のれんが建造物。連絡を受けた市教委では「これをきっかけにれんが建造物と近代化遺産のPRにつなげたい」としている。
 登録制度の対象は建築後50年を経過した建造物で、再現が難しいものなど。今回は府内24件の登録を受けた。市内では平成10年に渡邊家住宅など、同11年に神崎ホフマン窯の計4件。市教委では昨年、市内の近代化遺産を冊子にまとめたが、さらにこうした登録制度を利用して文化財への関心を高めようと、今回市が所有する2つの建造物を申請した。北吸の市政記念館は明治35年に造られた旧海軍兵器廠予備艦兵器庫。れんが造り2階建て、延べ床面積1633.4平方メートル。戦後は民間の舞鶴倉庫、市役所第2庁舎として利用された。
 市はその建物の構造補強などの改修をし、平成6年に市政記念館として開館した。コンサートや展示会などに使えるホール、2階には明治から平成までの市の歩みを紹介する展示コーナーを設けた。同記念館を含めその周辺には12棟の旧海軍れんが倉庫が現存し、舞鶴の近代化を物語る景観を形成している。
北吸隧道(トンネル)は明治37年建造の旧軍港引込線隧道。れんが造りで長さ110メートル、幅3.8メートル。北吸から浜の間に通じている。
 当時、ロシアと日本との関係が悪化し、国防上から舞鶴軍港に続く鉄道の敷設が緊急の課題となり、明治37年、福知山―新舞鶴間の「舞鶴線」が完成。続いて開通した軍港引込線は、新舞鶴駅から余部町の海軍施設までの専用線で、同施設へ物資の運搬に利用された。昭和47年に廃線となり、現在は自転車歩行者専用道路として利用している。
 今回の答申について、市教委は「この2つの施設が登録を受けたということは、同時期に造られたれんが倉庫や鉄道関連施設も同程度の価値があることも示したものだと思う。さらに近代化遺産への意識の啓発に努めたい」と話していた。