大蛇退治の伝説から450年、夏の夜の奇祭 2月23日まで「城屋の揚松明」写真展【舞鶴】

大蛇退治の伝説から450年、夏の夜の奇祭 2月23日まで「城屋の揚松明」写真展【舞鶴】

投稿日時:2005年2月15日

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舞鶴市城屋の揚松明(あげたいまつ)をテーマとした写真展が、女布の城南会館ロビーで開かれている。夏の夜の奇祭とされる揚松明に結びついたとされる大蛇退治の伝説から、今年はちょうど450年を迎えるという。地元の人らによる揚松明づくりや櫓太鼓の巡回風景などの写真21点が展示されている。2月23日まで。弘治2年(1556)のこと。女布に住んでいた一色氏の家臣森脇宗坡(そうは)の娘が、隣村の志賀郷に嫁いでいたが、登尾峠を越えて里帰りの途中、蛇ケ池に棲むといわれる大蛇に日浦ケ谷で襲われ、命を落とした。宗坡は娘の仇を討とうと刀で大蛇を退治、その大蛇の頭部を城屋の雨引神社に、腹部を野村寺の中の森神社などに祀ったとされる。こうした伝説が地元に語り継がれてきた。雨引神社の祭礼として毎年8月14日に奉納される揚松明は、長さ約18メートルの杉の大木の先端に、麻のお殻で組んだ大松明を設け、氏子たちが火を付けた小松明を大松明に向かって投げて点火を競うもの。元来は農作物の豊凶を占う雨乞い行事の祭りであったとされ、この行事に大蛇伝説の話が結びついたという。舞鶴市と京都府の無形文化財に指定されている。地元の人たちでつくる「城屋太鼓愛好会」(水野友晴会長)が、写真展を主催した。今年が大蛇伝説から450年になり、城南会館主催の歴史講座で、地元の堀田文彌さん(80)が、雨引神社と揚松明をテーマに12日に講演したのに合わせ、企画した。城屋のアマチュア写真家の坂根正喜さんが撮影した大松明づくり、城屋と志賀郷の人たちで登尾峠を越えた交流の様子などの写真を並べている。

写真=揚松明づくりなどを撮影した写真が並ぶ