亡き和田康子さん偲び娘らパッチワーク遺作展 7回忌を迎えた節目に、19日まで「サンムーン」で 【舞鶴のニュース】

亡き和田康子さん偲び娘らパッチワーク遺作展 7回忌を迎えた節目に、19日まで「サンムーン」で 【舞鶴のニュース】

投稿日時:2003年1月17日

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平成9年に亡くなった和田康子さんの娘らが、7回忌を迎えたのを節目にして、母親が残したパッチワーク作品を展示する遺作展を、1月19日まで浜のギャラリー・サンムーンで開催している。退職後に趣味として始めたものだが、入院先のベッドでも針と布を手放さなかったほど、康子さんの心の支えとなっていた。和田さんの職場の元同僚と娘らは、手の込んだ数々の作品を見ながら康子さんを偲んでいる。
 和田さんは昭和3年に秋田県で生まれ、戦時中は東京で空襲の被害に遇い、敦賀への疎開を経て昭和21年に舞鶴市に転居。出産後肝炎を患ったが、府職員を続けながら2人の娘を育てた。同62年に59歳で府土木事務所を退職後、以前からやってみたかったパッチワークを始めようと、市田島枝さんが主宰する「パッチワークキルトSHIMA」に通った。
 若いころから娘たちの洋服を自分で作るなど、針仕事を得意としていたことから、寝る間も惜しんで多くの作品を制作し、グループ展に出品したり友人らにプレゼントすることを生き甲斐としていた。が、晩年は肝臓病で視力が衰えて、思うように針を運ぶことができなかったという。69歳で亡くなった。
 長女の和田きよみさん(43)=引土=と次女の竹橋えりかさん(40)=上安=が、今年1月で7回忌を迎えたことから、お世話になった人たちへお礼の意味を込め、また、パッチワークを通して母を知ろうと遺作展を温めてきた。西町の自宅から作品を探し、その中からタペストリーやポーチなどの約50点、収集した古布を展示した。目を悪くする前に仕上げたタペストリーを、柩に掛けて母を送りだしたという思い出の作品をはじめ、色使いにこだわった作品が並んでいる。
 きよみさんは「入院先の病院にも布を持ち込み、色合わせをしていました。昔の布を集めて、もっと作品を作ろうと思っていたようです」、えりかさんは「黙々と針を動かしていた姿が印象的でした」と思い出を話していた。
【問い合わせ】電話63・4858、サンムーン。
写真は和田さんが遺した作品と長女・きよみさん(右)、次女えりかさん