「8月24日」浮島丸殉難者追悼集会 事件の証言活動続けたい 「浮島丸」元乗組員の 小野寺さん(横浜市)が初めて参加【舞鶴】

「8月24日」浮島丸殉難者追悼集会 事件の証言活動続けたい 「浮島丸」元乗組員の 小野寺さん(横浜市)が初めて参加【舞鶴】

投稿日時:2011年8月26日

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今年の追悼集会に、「浮島丸」の元乗組員の小野寺和一さん(82)=横浜市港北区=が初めて参加した。「事件のことは忘れることができない。生き残った者の使命として伝えていきたい」と、海に向かって静かに手を合わせた。  事件当時16歳の小野寺さんは、無線担当の通信兵だった。船は45年8月22日に大湊港を出港し能登半島沖を航行中、GHQから日本の軍令部などを経て浮島丸にあてた「8月24日以後は大型船の航行を禁止し、航行中の船は最寄りの港に入るべし」との電報を受け取った。  舞鶴湾に入港時、船後部の風呂場にいて、突然天井に吹き飛ばされ床に叩きつけられ気を失った。船内は人が一杯で動きがとれない状況の中、船倉の鉄骨に足をかけるのをやめた直後、鉄骨が落下し九死に一生を得た。その後、海軍の船が来て救助された。  「朝鮮人を虐殺するために船内から爆破したとの説があるがそんなことは絶対ない。亡くなった朝鮮人たちは気の毒としかいいようがない。戦争はやるべきでない」。犠牲者の遺骨が安置されている東京都の祐天寺の追悼会に毎年参加し、数少ない生き残りとして積極的に事件の証言活動を続けている。