「舞鶴・引揚語りの会」戦争のむごさ伝える 会員の古橋さんが父の体験を紙芝居で物語に 【舞鶴】

「舞鶴・引揚語りの会」戦争のむごさ伝える 会員の古橋さんが父の体験を紙芝居で物語に 【舞鶴】

投稿日時:2010年8月24日

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 NPO法人舞鶴・引揚語りの会(濱朗夫理事長)は、会員の古橋ふみ子さん(63)=清美が丘=の父、白須茂さんの戦争体験を基にした紙芝居「戦争に行ったボク任(つとむ)のお父ちゃん」を作成した。「立派に死んできます」と戦地に赴いた父が、戦後になって書き残した「否」と言えず苦しんだ本当の胸の内を物語に描いている。戦争のもつむごさを紙芝居が伝えている。  与謝野町石川村で農業を営んでいた白須さんは、1937年7月に招集され、福知山の部隊に入隊して中国の天津や上海などを転戦、南京の中山門で銃撃を受けて大けがを負い、この年の12月に日本に戻った。その後、再び南方の戦地に赴いた。古橋さんは父の背中に大きな傷跡があるのを知っていたが、父から戦争体験を聞くことはなかった。  95年に87歳で父が亡くなった後、整理していた遺品の中に父が残した原稿を見つけた。表題に「昭和13年7月7日 於 石川小学校 戦地より帰還して」とあり、「検問済」の印も押されていた。療養で故郷にいたころ、村長に依頼されて戦地の様子を話すために書いた原稿だった。  読み進めていくと、戦後になって父が書き足した部分があった。召集令状を受け取ったくだりでは、「今だから云える」としてこう書く。  「『立派に死んで来ます』と言わなければならなかったのだ。そう云わなければ非国民と言われ家族に至るまで身の置き所はなかったのだ。(中略)涙をかくし複雑極まる悲壮な心で我が家を後にした」。最後に「殺すか、殺されるかの2つに1つになった時将兵は理性も常識も失うものなのだ。」と結んでいる。  紙芝居は父の体験を踏まえ、本心を織り交ぜながら兄の任さんが語る形にし、古橋さんが物語を創作。絵は京丹後市の吉岡直樹さんに頼み、約1年がかりで完成した。戦争のため学校へ行けない中国の子供たち、家族の顔が浮かび「戦争はいやだ」と叫びながらの突撃などの場面を16枚にまとめた。  古橋さんは「戦争のむごさを父は家族に語ることができなかったのだと思います。戦争のことを子供たちに知ってもらうため上演していきたい」とする。紙芝居を一番に見た孫の古橋育恵さん(9)さん=余内小学校3年生=は「ひいおじいちゃんが生きていてくれてよかった。人が殺しあうのが怖く、悲しかった」と話していた。
写真左=紙芝居を手にする古橋さんと孫の育恵さん
写真右=父の白須茂さん