「浮島丸事件」2人の追悼の想いを伝えたい 会事務局の品田さん(七日市)がまとめ本に【舞鶴】

「浮島丸事件」2人の追悼の想いを伝えたい 会事務局の品田さん(七日市)がまとめ本に【舞鶴】

投稿日時:2008年8月12日

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浮島丸事件の犠牲者の追悼事業を、中心になって長年取り組んできた故野田幹夫さんと須永安郎さん(83)=溝尻中町=の活動を記録に留めようと、浮島丸殉難者を追悼する会事務局で、市職員の品田茂さん(49)=七日市=が、2人から聞き取った内容を1冊の本にまとめ、高文研(東京都千代田区)から出版した。2人の追悼にかけた想いに引かれ、取材から六年がかりで完成させ、亡き野田さんに報告した。  終戦直後の1945年、日本で労働を強いられていた朝鮮人労働者と家族らを乗せた輸送船「浮島丸」が青森県を出て、朝鮮半島の釜山に向かう途中、8月24日に寄港した舞鶴港で爆沈をし、549人が亡くなった。  元中学校校長の野田さんは学徒動員を体験し、元市職員の須永さんはシベリア抑留から引き揚げてきた。約40年間、追悼事業を2人3足で担い、追悼する会の会長、事務局長を務めた。野田さんは05年に78歳で亡くなり、須永さんは現在、同会顧問として助言を送る。  事件を題材にした映画の舞鶴ロケ(95年)で、品田さんは準備を手伝ったのを縁に2人を間近にした。淡々と公園の草引きをする姿に胸を熱くし、2人を長年追悼に関わらせている想いに触れるにつれ、活動を記録しようと気持ちを募らせた。  02年11月に聞き取りを始め、翌年に原稿用紙約五百枚にまとめた。出版社に出版を打診し一旦は断られたが、本の読み語り活動を広める「この本だいすきの会」代表の小松崎進さんが来鶴した際、出版社の紹介を約束し原稿を預かり、伝えたいとする品田さんの熱意に高文研が応えた。  題名は『爆沈・浮島丸 歴史の風化とたたかう』(四六判、206ページ、1680円)。野田さんが生徒間の喧嘩から朝鮮人への差別問題に突き当たり、対応を相談する中での須永さんとの出会い、集会の参加者が減り苦しい時期や映画化で広がりを見せた歩みなどを記した。近く全国の書店で販売される。  品田さんは「戦争を繰り返したくない想いが2人の原動力だった。『戦争を経験しただけでは戦争が分かったことにはならない。自分で考えなければ』との須永さんの話に、話し合いや学習こそが平和への想いを育むのだと改めて感じた。野田さんが元気な内に渡したかった」と話していた。  須永さんは「2人で歩いていると『浮島丸の用事ですね』とよく言われ、野田さんがいたからこそ続けられた。本はこれまでの活動が幅広く取り上げられてよく分かる。事件のことが多くの人に伝われば」と喜んでいた。

写真=故野田さんと須永さんの2人の活動をまとめた本と品田さん

【舞鶴】